今回は、STT-MRAM(スピン注入磁化反転型磁気メモリ)の動作原理と物理的な作用を説明する。
国際会議「IEDM」のショートコースでCNRS(フランス国立科学研究センター)のThibaut Devolder氏が、「Basics of STT-MRAM(STT-MRAMの基礎)」と題して講演した内容を紹介するシリーズの第3回である。
前回までは、講演の序章に相当する部分を説明した。STT-MRAM(スピン注入磁化反転型磁気メモリ)のバックボーンとなる学問領域「スピントロニクス」を説明するとともに、物質の磁化がどのようにして生じるかを解説した。さらに、STT-MRAMの概要と応用の可能性を述べた。
今回からは、STT-MRAMの動作原理と物理的な作用を説明する。今回の前半では磁気記憶の基本物理である交換相互作用と磁化異方性をごく簡単に解説する。後半では材料の基本的な性質である強磁性と常磁性、反磁性の基礎を説明しよう。
始めは、磁性に関する極めて重要な性質である、「交換相互作用(exchange interaction)」と「磁気異方性(magnetic anisotropy)」を説明しよう。いずれも「強磁性体(ferromagnetic material)」の基本的な性質である。
「交換相互作用」とは粗く言ってしまうと、強磁性体では隣接する原子磁気モーメントが同じ方向にそろう性質のことを指す。磁気モーメントが同じ方向にそろった原子の集まりを、「磁区」と呼ぶ。磁区全体における「磁化(magnetization)」の方向と大きさは、単位体積当たりの磁気モーメントの大きさと、磁区の体積Vの積(掛け算)で表現される。
「磁気異方性」とは、強磁性体には磁化が容易な方向(「磁化容易方向」)と磁化が困難な方向(「磁化困難方向))が存在する性質を指す。磁化の方向を垂直で上向きを0度と定義すると、0度と180度が磁化容易方向の場合、90度と270度が磁化困難方向となる。
磁気異方性を材料内部のエネルギー状態で比較すると、磁化容易方向が内部エネルギーが低く(極小)、磁化困難方向が内部エネルギーが高い(極大)。容易方向と困難方向のエネルギー差を「磁気異方性エネルギー(magnetic anisotoropy energy)」と呼ぶ。磁気記憶ではこのエネルギー差を利用して、0度あるいは180度に磁気モーメントの方向を固定する。つまり、磁気異方性エネルギーが大きいほど、磁化の方向が0度から180度(あるいはその逆)に反転しにくい。安定に情報を保存しておけることになる。
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