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分子磁気メモリが可能か、グラフェンで原子の精度で磁気を制御(1/2 ページ)

スペインとフランスの複数の研究者が、グラフェンと水素原子を用いて、原子サイズの「炭素磁石」を作ることに成功した。紙の上に絵を描くように、グラフェン膜上に磁気パターンを作り出すことができる。分子磁気メモリやスピンを利用した通信につながる成果だ。

» 2016年04月28日 15時00分 公開
[畑陽一郎EE Times Japan]

 ナノテクロノジーを対象とするスペインの研究機関CIC NanoGUNEは、2016年4月26日、グラフェンの物性について世界初の成果を得たと発表した*1)。炭素原子1層の厚みを持つグラフェン膜(図1)に水素原子を吸着(hydrogen adatom)させるだけで、磁性を与えることに成功したという。

*1) スペインのマドリッド自治大学、フランスのジョセフフーリエ大学内のInstitute Néel of Grenobleに所属する研究者が協力した。Atomic-scale control of graphene magnetism by using hydrogen atoms, H.González-Herrero,Science 352,437(2016)

図1 グラフェンの構造 多数の炭素原子が蜂の巣状の二次元結晶(シート構造)を作る。炭素原子1個分という薄いシートだ。

 グラフェンは電子の移動度が高く、電界を与えることで電気伝導度を自在に制御できる。このため超高速で動作する微細なトランジスタの候補として研究が進んでいる。グラフェンの性質を改善する研究も多い。例えばグラフェンにバンドギャップを付加する研究だ。

磁気的な性質の制御が困難

 進展が見られない研究分野もあった。スペインのマドリッド自治大学に所属するHéctor González-Herrero氏によれば、磁性を持たないグラフェンに磁性を追加する研究だ。密度汎関数理論(DFT)による理論計算では、グラフェンを構成する炭素原子が生み出すπ電子を何らかの方法で取り除くか、炭素原子を別の原子で置換できれば、磁気モーメントが生じるのだという。

 しかし実行する手段がなかった。グラフェンは化学的に安定だからだ。陽子ビームやイオンビームを照射すると置換が起きるものの、ほとんどがランダムな変化になってしまう。原子単位で狙った通りに構造を変えることができない。その結果、研究に利用できるようなグラフェンが2004年に初めて得られた後、10年以上が経過した現在まで、磁気モーメントの観察に成功した研究者はいなかった。今回、González-Herrero氏の研究チームは、水素原子を低エネルギー環境下でグラフェンに吸着させることによって、磁気モーメントの観察はもちろん、制御にも成功した*2)

 具体的な手法はこうだ。まず、超高真空中で加熱した炭化ケイ素(SiC)基板上にグラフェン膜を成長させた。次に水素分子を熱分解して得た低エネルギーの水素原子を用意。走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて、水素原子をグラフェン膜上の狙った位置に吸着させた。

 グラフェン膜上に吸着した水素原子は、同じくSTMで観察できた(図2)。磁気モーメントを測定したところ、空間的な広がりや大きさは、DFTによる計算とほぼ同じだったという。

 González-Herrero氏によれば、鉄やニッケル、コバルトといった一般的な磁性材料では、原子の大きさとほぼ等しい0.1nm程度の範囲に磁気モーメントが生じる。グラフェンと水素原子の組み合わせでは、これが数nmまで広がることが特徴的なのだという。これが次に示す応用につながる。

*2) González-Herrero氏は、Science誌に投稿した論文の中で、水素原子が化学的に吸着した炭素原子は、磁気モーメントから見たとき、その位置の炭素原子が取り除かれた場合とちょうど同じ効果を生むと指摘している。なお、実際に炭素原子を取り除くと、化学結合手が余るという副作用が生じる。

図2 走査型トンネル顕微鏡で観察したグラフェン上の水素原子 観察範囲は7nm×7nm。水素原子(白色)が周囲の炭素原子よりも0.25nmだけ飛び出している。出典:スペインCIC NanoGUNE
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