磁気トンネル接合(MTJ)を利用したデータ書き込み原理の説明を続ける。今回は、電子スピンの注入によるデータ書き込み(磁化反転)の原理に触れる。
国際会議「IEDM」のショートコースでCNRS(フランス国立科学研究センター)のThibaut Devolder氏が、「Basics of STT-MRAM(STT-MRAMの基礎)」と題して講演した内容を紹介するシリーズの第9回である。
前回は、磁気メモリ(MRAM)のデータ書き込み方法の1つである、外部磁界による書き込み手法とその限界を説明した。今回は、電子スピンの注入によるデータ書き込み(磁化反転)の原理を解説する。
電子スピンの注入によって磁化反転を起こすMRAM、すなわち「STT-MRAM」(スピン注入型MRAM)は、外部磁界によって磁化反転を起こすMRAM(磁界型MRAM)と比べて以下のような長所を備える。
磁界型MRAMでは、磁界発生用のワード線と、MTJ素子と選択トランジスタを接続するためのバイパス線を付加している。このため、メモリセルのシリコン面積が大きくなる、ロジックCMOSプロセスとの互換性がない、微細化の限界がある、といった弱点を抱える。MRAMの将来を展望したときに、磁界型MRAMを高密度化することは原理的に非常に難しい。スピン注入型MRAMへの移行は必然といえる。
電子スピンの注入による磁化反転を理解するには、強磁性体と電子スピンの交換相互作用を知っておく必要がある。
上方向(垂直方向)に磁化された強磁性体に、磁気モーメントの向きがそろった電子を注入する(電流を流す)ことを考える。磁気モーメントは上向きだが、斜めに傾いている。つまり電子スピンによる磁気モーメントには垂直方向の成分と横方向の成分がある。
このような電子が強磁性体に突入すると、電子のスピンによる磁気モーメントと、強磁性体の磁化(磁気モーメント)の間で交換相互作用が起こり、電子のスピンによる磁気モーメントが垂直方向にそろえられる。強磁性体を通過して出てくる電子はすべて、上方向(垂直方向)の磁気モーメントを備えるようになる。交換相互作用の起こる距離は非常に短い。1nm程度である。
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