STT-MRAMの記憶容量を拡大する最も基本的な方法が、微細化だ。現時点でSTT-MRAMは、研究レベルでかなりのレベルまで微細化できることが分かっている。実際の研究結果を交えて紹介しよう。
国際会議「IEDM」のショートコースでCNRS(フランス国立科学研究センター)のThibaut Devolder氏が、「Basics of STT-MRAM(STT-MRAMの基礎)」と題して講演した内容を紹介するシリーズの第11回である。
前回は、電子スピンの注入によるデータ書き込み(磁化反転)の動作(動的な振る舞い)を説明した。今回は、スピン注入型MRAMの加工寸法をどこまで微細化(スケーリング)できるかを解説する。
半導体メモリの記憶容量を拡大する、あるいは記憶密度を高めるには、加工寸法を微細化(スケーリング)することが、最も基本的な手段となる。言い換えると、加工寸法を微細化していくとある寸法からは、何らかの要因によって半導体メモリが動作しなくなる、あるいは、製品の基本仕様を満足しなくなる、といったことが起こる。
MRAMは当初、磁界によって磁化を反転させる磁界型MRAMで製品化された。しかし磁界を利用する手法は既に説明したように、金属配線のエレクトロマイグレーション不良が製品寿命を短くするため、微細化の限界が早く生じる。理論限界は50nm〜60nmなので、余裕を見込むと商用的には90nm〜130nmが限界となってしまう。これではGbit(ギガビット)級の記憶容量は望めない。
スピン注入型MRAMは、原理的には磁界型MRAMよりもはるかに微細な寸法でも動作する。また、磁化反転の起こる電流値が微細化とともに減少するという微細化に適した特性を備える。
MRAMの記憶素子である磁気トンネル接合(MTJ)素子には、2種類の磁気記録方式がある。1つは、素子を構成する薄膜と平行な方向に磁気モーメントを配置する「面内(in-plane)磁気記録」である。もう1つは、薄膜と垂直な方向に磁気モーメントを配置する「垂直(perpendicular)磁気記録」だ。研究論文などの文書では、前者を「i-STT MRAM」、後者を「p-STT MRAM」と表記して区別することが多い。
両者を比較すると、原理的に記録密度を高められるのはp-STT MRAM、製造が容易なのはi-STT MRAMという違いがある。以下は、より高密度化が可能なp-STT MRAMについて論じる。
始めは計算で微細化の可能性を考える。不揮発性を維持するための条件として、ボルツマン定数と絶対温度の積の70倍を要求仕様とする。すると磁気トンネル接合(MTJ)の構造を二重トンネル障壁にしたときに、半径を10nmに微細化できる。またこのとき、磁化反転に必要な電流値は18μAとなる。
上記の値はいずれも、現在の磁性材料から単純に計算した粗い見積もりである。実際には最適化によって2倍〜3倍の改良が見込めるので、加工寸法で10nmくらいまでは微細化が可能だと結論付けられる。
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