今回は、磁気トンネル接合(MTJ)素子における、電子スピン注入による磁化(磁気モーメント)の振る舞いについて解説する。
国際会議「IEDM」のショートコースでCNRS(フランス国立科学研究センター)のThibaut Devolder氏が、「Basics of STT-MRAM(STT-MRAMの基礎)」と題して講演した内容を紹介するシリーズの第10回である。
前回は、電子スピンの注入によるデータ書き込み(磁化反転)の原理を説明した。今回は、電子スピンの注入による磁化(磁気モーメント)の振る舞いを解説する。
まず、横置きにした磁気トンネル接合(MTJ)素子を考えよう。左に厚い強磁性体層(F1層)がある。F1層の磁化は垂直な上向きで、固定されている。中央には薄い絶縁層がある。右には薄い強磁性体層(F2)があり、垂直な下向きに磁化されている。従って磁気トンネル接合(MTJ)は反平行の状態(論理値「1」)にあることが分かる。F2層の磁化は固定されておらず、磁界によって動く。
ここで左端に仮想的な金属電極(常磁性体)を配置し、金属電極からF1層に電子を注入する。電子には上向きの磁気モーメントを備えた電子(上向き電子)と、下向きの磁気モーメントを備えた電子(下向き電子)がある。電子がF1層に突入すると、F1層の磁化方向と同じ上向きの電子は通過するが、下向きの電子はF1層によって反射される。この結果、上向きの電子だけが絶縁層に到達する。
上向きの電子は絶縁層を抜けてF2層に突入する。F2層の磁化(下向きの磁気モーメント)と上向きの電子の間で交換相互作用が生じる。すると、F2層の磁化には上向きのトルクが発生する。電流密度(すなわち電子の密度)がある程度以上に高くなると、上向きのトルクが増大し、F2層の磁化は上向きに反転する。この結果、MTJは平行状態(論理値「0」)となる。
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