研究不正(研究不正と疑われる行為も含む)は、16〜17世紀の西欧では既に存在していた。英国の数学者であるチャールズ・バベッジは1830年に、「英国の科学が衰退しつつあることへの意見」という論文を発表し、研究不正を定義している。
研究開発における不正行為(研究不正)は、現代科学に特有のものではない。16世紀〜17世紀に西欧で近代科学が始まった時代には既に、研究不正と疑われる行為は存在していた。さらにさかのぼれば、2000年ほど前の古代ギリシアや古代エジプトなどの偉大な学問的業績に対しても、最近の研究によって不正行為の可能性が指摘されている。
ただし、学究や研究などに対する倫理観は、時代によって違う。2000年前の学問に、現代の研究倫理を当てはめることは、適切だとは言い切れない。
それでもおよそ200年近く前の19世紀初頭に、研究不正に関する論文が発表されていたことには留意すべきだろう。高名な数学者であり、現代計算機の原型を考案した英国のチャールズ・バベッジ(Charles Babbage)は1830年に、「英国の科学が衰退しつつあることへの意見(原題:Reflections on the Decline of Science in England)」と題する論文を発表した。
バベッジは論文の中で、「欺瞞(Fraud)」と呼べる行為を4種類に分類してみせた。「ホウクシング(いたずら)」「フォージング(捏造)」「トリミング」「クッキング」である。現代の定義(捏造、改竄[かいざん]、盗用)に照らし合わせて見ると、バベッジの分類による後者の3つの行為が研究不正に相当しており、なおかつ「トリミング」と「クッキング」は実験データの改竄行為をさらに区分けしたものだと分かる。
バベッジの分類に「盗用(剽窃)」が存在しないのは、時代背景を考えると当然だろう。学術論文誌や科学専門誌などは当時、数えるほどしかなかった。英国の主たる科学論文誌は王立協会が発行していた査読付き論文誌「哲学紀要(Philosophical Transactions)」くらいである。当時は、論文は手紙とともに研究者仲間に送ったり、若い学者は高名な学者に論文を送付して評価を受けたり、といったことがごく普通に行われていた。一般の人々が科学論文を見ることなどなかったし、そもそも、入手する方法がなかった。
現代まで知られる著名な論文誌の創刊は、バベッジの論文からおよそ40年以上も後の時代になる。英国で総合科学論文誌「ネイチャー(nature)」が創刊されたのは1869年、米国で総合科学論文誌「サイエンス(Science)」が創刊されたのは1880年、米国で物理学論文誌「フィジカルレビュー(Physical Review)」が創刊されたのは1893年のことだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.