h-BCN半導体の合成がなぜ画期的なのか。先行研究を含めると約20年間、困難な道のりを歩んだからだ。窒化ホウ素(h-BN)などの研究が先行*2)し、2004年以降、実験に利用できるグラフェンが得られるようになると、グラフェンの魅力的な性質が注目を集めた。だが、理想的に見えるグラフェンには欠点があった。バンドギャップを持たないため、トランジスタとしての動作ができない。ゲート電圧を印加しても電子の移動が妨げられないため、オンオフ動作が起こらない。
絶縁体のh-BN、良導体のグラフェン、この中間を狙うことができないか。炭素と窒素、ホウ素からなる物質の研究が始まった。理論研究の結果、特定の構造を作り込んだ場合、バンドギャップを持つことが分かった。
二次元状のh-BCN半導体を利用できれば、ムーアの法則を超えて微細化を進めることができるかもしれない。二次元のトランジスタ素子が実現できれば、例えば非常に高密度なメモリが実現するだろう。
*2) 例えば、BC2Nの理論研究を扱った論文が1989年に発表されている。2次元エレクトロニクス材料の研究が進む中、金属と酸素族の元素が結び付いた金属ジカルコゲナイドが有望だと考えられている。金属ジカルコゲナイドのバンドギャップはケイ素(シリコン)の1.1eVと近く、1〜2eVとなるものが多い。モリブデンと硫黄からなる二硫化モリブデン(MoS2)を持いて、複数の研究チームが半導体動作を示す微細なMOSFETの試作に成功している。金属ジカルコゲナイドはh-BCNより研究が進んでいるものの、上下の金属原子の間に硫黄原子がサンドイッチ状にはさまれた構造を採るため、1原子の厚みまで薄くすることはできない。
次は理論計算通りの構造を備えた分子の合成へと研究が進んだ。ところが、うまくいかない。複数の研究グループが各種の前駆体分子を用い、化学気相成長法を利用して所望のh-BCNを合成しようとした。
だが、きれいな二次元状物質ではなく、厚みがあったり、微細な結晶構造(ナノ結晶)を採ったり、不定形のアモルファス構造になったり、複数の構造が混ざり合った物質となったりしてしまった。
違う手法も試みられた。巨大なグラフェン分子を出発点としてホウ素や窒素をドープしたり、グラフェンとh-BNを交互に積層したり、ホウ素や炭素、窒素を含む低分子を前駆体として共堆積させたりした。この手法もうまくいかなかった。グラフェン分子の周囲だけにホウ素や窒素が付いた物質や、グラフェンとh-BNの複合体、島状にh-BNが残るグラフェン層が生じてしまう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.