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もっと積極姿勢を見せてほしい日系パワー半導体メーカー大山聡の業界スコープ(12)(2/2 ページ)

» 2018年12月12日 11時30分 公開
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成長が見込めるにも関わらず……

 ここで気になるのが日系企業各社の動きである。この市場で高いシェアと実績を誇り、今後も成長が見込める分野であるにも関わらず、設備投資をしよう、生産能力を拡大しよう、という積極的な姿勢が見られないのだ。

 三菱電機はIGBT市場でInfineonと首位争いを演じる実績を持っているにも関わらず、同製品の生産能力増強については一切コメントがない。同社が今年11月に開示した経営戦略説明会の資料を見ても、「IGBT搭載モジュール」「SiC搭載モジュール」の強化はうたっているが、IGBTデバイスについては記述がなく、外部からの調達を強化するとしか思えないのである。6年間で2000億円を投じて300mmウエハーの新工場設立を発表しているInfineonとの戦略とは大きな隔たりがある。

 富士電機は2018年5月の事業戦略説明会において「19年度以降のIGBT売上拡大に備え約200億円(19年稼働開始)の投資を決定」を発表しているが、Infineonの戦略と比べると、これも積極的とは言い難い。

 東芝は2018年11月に「東芝Nextプラン」を発表し、主要投資案件の中に「パワーデバイス生産能力増強」が含まれているが、具体的な内容や数値の開示はない。

 ルネサスは、パワーデバイス事業に関する具体的な戦略が見当たらない。2016年にIntersil、2018年にIDTと2件の買収を実施、発表しているが、パワーデバイス事業との関連性はない。もっとも、これらの買収劇にどれだけの意味があるのか、という根本的な疑問もあるが、この点については今回の主旨から外れるので割愛する。

 日系デバイスメーカーの中で、パワーデバイス事業に対して最も積極的なのはロームである。2018年4月の事業戦略説明会において同社は「2025年にSiC市場シェア30%の獲得を目指す」「2025年度までにSiC関連に総額600億円の投資を行う」と発表しており、SiC分野への明確な戦略を打ち出している。ただ、現時点のパワートランジスタ市場においては上述の企業に比べて実績が小さく、IGBTやMOSFET分野では主要メーカーとは言い難い。

 Infineon以外の海外勢では、ON Semiconductorが富士通セミコンダクターの会津若松工場を2020年までに段階的に買収しながら生産能力を拡大する計画で、戦略商品であるパワートランジスタの増強もこれに含まれている。STもパワートランジスタの主要メーカーの1社だが、同社からはあまり積極的な戦略は聞こえてこない。

際立つInfineonの積極性

 こうしてパワートランジスタメーカーの戦略を比較してみると、SiCのような次世代デバイスへの期待は大きいものの、IGBTやMOSFETといった現行のデバイス分野ではInfineonの積極性が目立っており、これに追随しようとする日系メーカーが見当たらない、という現実が浮かび上がってくる。需要は確実に伸びているにも関わらず、である。特に自動車分野では電動化が進むにつれてIGBTやMOSFETへの需要がますます大きくなることが予想され、デンソーのようなユーザーとしては、トップシェアを誇るInfineonからどれだけモノを調達できるか、が極めて重要な戦略であることは間違いない。Infineonへの出資額の規模はこの際問題ではなく、貴重な戦略的パートナーとして期待しているぞ、将来的に日系メーカーの供給能力はアテにできないから、というメッセージが今回の出資に込められている、と痛感しているのは筆者だけだろうか。

 冒頭に「日系パワーデバイスメーカーには、もっと積極的な姿勢を見せてほしい」と申し上げたのは、こうした背景が要因である。三菱電機、富士電機、東芝の各社はいずれも半導体事業で辛酸をなめた経験があり、特に三菱電機は「半導体事業を手放してから業績が改善した」ことは誰もが認めている。東芝に至っては会社存亡の危機に見舞われ、設備投資負担の大きな事業には注力できないのが実情であろう。追い風が吹いていることが分かっていても、その風に乗った後のリスクを考えると、積極的な決断が下せないのではないか、などと勘ぐってしまうのだが、これをチャンスと考えてほしい。技術も実績もあるのだから勝負に出てほしい、というのが筆者の本音である。

筆者プロフィール

大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表

 慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。

 1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。

 2010年にアイサプライ(現IHS Markit Technology)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。

 2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。


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