日本では、政府の果たせる役割が米国に比べ大きいと思う。
米国では、実は政府がかなりの金額をイノベーションに投下している。ただ、政府の役割がベンチャー企業の成長あるいは、ベンチャー企業によるイノベーションに関して前面に出てくることは少ない。せいぜいSBIR(Small Business Innovation Research)プログラムがある程度だ。「ベンチャーにおけるイノベーションは、民間の力で推進し、政府は表立って口は出さない」というのが、米国政府の基本的なスタンスなのである。
筆者はこれまで30年にわたり、「日本のイノベーションエコシステムはどうすれば成長するのか」について、大学や役所などさまざまな場でさまざまな人たちと、散々議論してきたが、その結果、この章の冒頭でも述べたように、日本では政府の役割が大きいと考えたのだ(図3)。
文部科学省(文科省)や経済産業省(経産省)のさまざまなベンチャー支援プログラムがスタートしたのは、2010年ごろからだ。民間の力でエコシステムを醸成していくような素地が希薄ともいえる日本では、改良すべき点はいろいろと挙げられるものの、今日に至るまで大きな役割を果たしてきているように思う。
例えば、文科省傘下の科学技術振興機構(JST)は、大学発新産業創出プログラム「START」を2010年から始めている。このプログラムでは、事業化ノウハウを持った人材(「事業プロモーター」)ユニットを活用し、大学発ベンチャーの起業前段階から、研究開発・事業育成のためのプログラムを推進している(図4)。
また、経産省傘下の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、「TCP」や「NEP」「STS」などと呼ばれる研究開発型ベンチャーの起業化支援事業を2010年から進めている(図5)。
総務省も力を入れている。総務省では、特にICT(情報通信技術)イノベーション創出に特化したプログラムが目立つ。例えば、シード期のICTスタートアップを支援するプログラム「I-Challenge!」や、ICT分野において「奇想天外でアンビシャスな『人・発想・技術』を探す」(総務省)プログラム「異能vation(Innovation)」などがある。
さらに、2009年7月に設立された産業革新機構(現INCJ)も、その役割の一端を担ってきたといえる。同機構は、「次世代の事業創造」というミッションを掲げて設立されたが、当初は、国際的な視点がほとんどなく、ベンチャー企業への戦略的な投資がなかなかできない、といった課題を抱えていた。
それでも、徐々に日本のベンチャー企業の発展を、資金的な面から支援する大きな力になってきたといえる(ただし、産業革新機構の後身として2018年9月に発足した産業革新投資機構(JIC)のゴタゴタ*)は、いただけないが)。
*)編集注:JICでは、高額報酬をめぐって経産省と経営陣らが対立し、2018年12月に、田中正明元社長ら取締役9人が一斉に退任した。その後、社長の座は空席が続いていたが、経産省は2019年10月4日、元みずほ証券社長の横尾敬介氏を充てると発表している。
さらに、日本策投資銀行(DBJ)が開催している女性起業家を育てるためのビジネスプランコンテストや、経産省主導のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト、それをベースにした「Healthcare Innovation Hub(InnoHub)」(2019年6月に開設)など、最近はこのような取り組みが特に加速している。
こうしたプログラムは、たとえ完璧でなくても、即効性がなくても、“マスの拡大”という観点では大変有効ではないかと感じている。
シリコンバレーですら、現在のエコシステムにたどり着くまでに約70年の歳月がかかっているのだ。一朝一夕でエコシステムを構築できるはずがない。地道な取り組みを継続的に行い、発展させていくことが何よりも重要なのだ。
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