後輩:「今回は特に言うことありません。大変、良くできていました」
江端:「おい」
後輩:「いや、本当にそう思うんだから仕方がないでしょう。江端さんは『貨幣や経済のことを知らんくせに』とか言ってディスってくる奴に対抗すべく、貨幣の権力闘争の歴史、クレジット市場のサプライチェーン、知的財産権法から最近の資金決済法に至るまで調べまくって、それでも足りず、ビットコイン論文を読んで、ビットコインのソースのコードレビューをして、半減期のシミュレーションまでやったのけた訳ですよね ―― 「ビットコインは通貨として信用がない」の、この一言を言いたいがためだけに」
江端:「結果としてはそういうことになってしまったが、動機が違う。私は、「ビットコインの通貨としての信用を見つけたかった」だけだ。第一、私は、ビットコインを貶めたい訳じゃない。普通の通貨として使いたいだけなんだ」
後輩:「で、どうでしたか」
江端:「どうもこうも、今回記載した通りだよ。これ以上、付け加えることは何もない」
後輩:「私は、貨幣というのは「信用」というよりは「信仰」に近いものじゃないかと思うんですよ。ほら、神サマってやつは、ロジックでは説明できないでしょ?」
江端:「そうだな。自分の親と友人と町内の人間が信じている宗教が近くにあれば、信仰はそこから始まるのだろうな。そういう意味では、宗教は『同調圧力』で発生しているのかもしれない」
後輩:「我が国においては「特定宗教への純粋な ―― あるいは熱狂的な ――信仰」というのは、敬遠(あるいはドン引き)される傾向にあるじゃないですか」
江端:「そういえば、そういう感じの人間はあまり見たことがないような気がする」
後輩:「それは、江端さんが悪い*)」
*)詳しくは筆者のブログ
江端:「まあ……そこは、認めてもいい」
後輩:「日本の宗教って、ハロウィンとクリスマスで騒ぎながら、新年には神社に参拝し、葬式には御釈迦様の言葉で説教される、という、複数の金融商品を組み合わせて作られている金融商品のようなモノじゃないですか。でも、それって悪いことですかね?」
江端:「何が言いたい?」
後輩:「私たちは、キリスト教を信じて、神道を信じて、仏教を信じて、同時に、それらの全てを信じていないのですよ。私たちが、ある宗教や政治や信念で集団を作るのは、同時にその集団を”全てを完全に信じていないからだ”とは思いませんか?」
江端:「まあ……思う」
後輩:「貨幣が信用の完了形であるなら、貨幣は世界中に1つだけあれば足ります。そして、その唯一の貨幣は、コンピュータ上で単なる帳簿として管理されれば、それだけで足ります。運用コストは、めちゃくちゃ安くすみますし、トラブルも最小数になるでしょう」
江端:「で?」
後輩:「つまり、貨幣の信用というのは『不信という不純物が含有』することで成立するものなのです。そして、その不信とは人間の感情を反映したものです。そう考えれば、通貨の本質とは、人間の感情 ―― それもネガティブな方のやつ ―― が具現化したものと考えることができると思うんですよ」
江端:「つまり、通貨の信用とは、”1”か”0”かというような単純な二値化で判断されるものではなく、比率であると?」
後輩:「さらに、”主観的なものである”と付け加えましょうか。もし、貨幣の信用を、信仰と同義と考えるなら、ですけどね」
江端:「ならば、この原稿の執筆で、私の「ビットコイン神」に対する信仰……もとい、信用は、0.0000……と、いつまでも0が続きそうなくらい小さくなったなぁ、と思う」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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