日本大学などの研究グループは、1万気圧以上の高圧力中において、鎖状の磁性体である三塩化セシウム銅の磁気測定と理論モデルによる解析を行い、圧力によって量子性の強さが制御できることを実証した。
日本大学と神戸大学、東京工業大学、東京大学らの研究グループは2021年7月、1万気圧以上の高圧力中において、鎖状の磁性体である三塩化セシウム銅(CsCuCl3)の磁気測定と理論モデルによる解析を行い、圧力によって量子性の強さが制御できることを実証した。
磁性体は、「スピン」と呼ばれる極めて小さい磁石の集合体で、スピン量子数(S)によって磁気的性質が決まるという。S値は物質ごとに決まっている。スピンは一般的に、S値が大きいと微小な棒磁石として振る舞い、S値が小さいと量子力学的な性質が顕著になるといわれている。例えば、S値が最も小さい「2分の1」の時は、スピンの方向がアップ(↑)かダウン(↓)のどちらかになるという。
CsCuCl3に高圧力を加えて磁気を測定する実験は、これまでに広島大学らの研究グループが行い、「磁化プラトーと呼ばれる量子磁性体に特有の性質が観測された」との報告がなされている。これらの成果をベースに、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターは、「ピストンシリンダー圧力セル」という装置を用いて同様の高圧環境を実現し、CsCuCl3の磁気測定を詳細に行った。
CsCuCl3は、磁性イオンが鎖状に並んだ結晶構造で、無数の鎖が三角形の格子模様となっている。各磁性イオンのS値は「2分の1」だが、多数の磁性イオンが鎖状となって強固に結合すると、「見かけ上のS値」が大きくなり、常圧だと量子的な性質は現れないという。これに対し高圧力下では、CsCuCl3が強い量子性を持つ磁性体に変化することを実験により実証した。
研究グループは今回、測定したデータに基づき理論モデルを開発し、圧力を高めていくと物質のパラメーターがどのように変化していくかを解析した。この結果、加圧したことで鎖状に並んだ磁性イオンの結合が弱まり、「見かけ上のS値」は小さくなることが明らかとなった。
これらの変化を理解するため研究グループは、鎖状に並んだ磁性イオンを1つの大きなスピンに見立てる「押しつぶしマッピング」という観点から、三角形の格子模様をした平面上にスピンが並んだ有効モデルを導入した。このモデルから、加圧によってS値が減少し、古典力学的な磁性体から量子力学的な磁性体に変化したことが分かる。このことは、加圧によって見かけ上のS値を連続的に制御したことになるという。
今回の研究成果は、日本大学文理学部物理学科の山本大輔准教授(研究開始当時は青山学院大学理工学部物理・数理学科助教)、神戸大学研究基盤センターの櫻井敬博助教、神戸大学大学院理学研究科物理学専攻博士前期課程(当時)の奥藤涼介氏、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの大久保晋准教授と太田仁教授、東京工業大学理学院物理学系の田中秀数教授、東京大学物性研究所の上床美也教授らによるものである。
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