理化学研究所(理研)は、「創発インダクター」の室温動作に成功した。従来に比べ動作温度を大幅に向上させたことで、創発インダクターの実用化に弾みをつける。
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センターの研究グループは2021年8月、「創発インダクター」の室温動作に成功したと発表した。従来に比べ動作温度を大幅に向上させたことで、創発インダクターの実用化に弾みをつける。
らせん磁気構造を電流駆動すると、電流と同じ方向に「創発電場」が発生する。この創発電場を用いたインダクター素子を創発インダクターと呼ぶ。従来のインダクターとは異なり、素子を小さくするとインダクタンスが増大するため、微細化に有効だという。
創発インダクターは、「Gd3Ru4Al12(Gd:ガドリニウム、Ru:ルテニウム、Al:アルミニウム)」という磁性体を用い、2020年に初めて実証された。ところがこの物質は、らせん磁気構造を保持できる温度が約20K(−253℃)以下と低く、実用化に向けて大きな課題となっていた。
研究グループは今回、室温動作の創発インダクター素子を作製するため、「YMn6Sn6(Y:イットリウム、Mn:マンガン、Sn:スズ)」というらせん磁性体に着目した。らせん磁気構造を低温から330K(57℃)まで維持できるからだ。
実験ではまず、YMn6Sn6の単結晶を数十マイクロメートルの直方体に加工し、創発インダクター素子を作製した。従来の小型インダクタンスに比べ、素子の体積は約10万分の1である。
作製した創発インダクター素子を用い、温度と磁場を変化させながらインダクタンスの大きさを測定した。物質固有の創発インダクタンス特性を評価するために、長さと断面積で規格化した「電気抵抗率虚部」を用いた。作製した素子は、電気抵抗率虚部が1μΩcmの時、インダクタンスの大きさは1.8μHに相当する比例関係にあるという。
実験の結果から、YMn6Sn6を用いた創発インダクター素子は、300K(27℃)の室温でも動作することが分かった。しかも、市販品に比べ素子の体積は10万分の1というサイズでありながら、インダクタンスは1μHと同等レベルである。また、温度や磁場、電流密度の変化に応じて、「正」と「負」の創発インダクタンスが入れ替わるなど、両方を単一の素子で実現できることも確認した。
創発インダクタンスの符号反転は、電流密度によって引き起こすことができ、電気的な符号制御が可能である。なお、両符号の創発インダクタンスが共存している現象は、今回初めて観察された。これは、創発インダクタンスを生み出す機構が、複数存在していることを示すものだという。
今後は新たな材料を用いるなどして、高周波の領域でも利用できる創発インダクター素子の開発などにも取り組む予定である。
今回の研究成果は、理研創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの北折曉研修生(東京大学大学院工学系研究科博士課程2年)や金澤直也客員研究員(東京大学大学院工学系研究科講師)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)および、十倉好紀センター長(理研強相関物性研究グループグループディレクター、東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)らによるものである。
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