物質・材料研究機構(NIMS)は、人間の網膜神経細胞をまねた「人工視覚イオニクス素子」を開発した。この素子は、人間の目のように明暗の境界付近が強調される錯視を模倣できることを初めて実証した。
物質・材料研究機構(NIMS)は2021年10月、人間の網膜神経細胞をまねた「人工視覚イオニクス素子」を開発したと発表した。この素子は、人間の目のように明暗の境界付近が強調される錯視を模倣できることを初めて実証した。明暗以外にも、傾きや大きさ、色、動きなどの錯視を模倣できる可能性があるという。
NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ナノイオニクスデバイスグループの鶴岡徹主席研究員らの研究グループが開発した人工視覚イオニクス素子は、リチウムイオンの移動とイオン間の相互作用を利用して動作する。
この素子は、人間の網膜の神経細胞をまねた構造となっている。画像信号を入力すると、明暗の度合いが異なる境界(エッジ)部分が強調された画像を出力する。これまでのように、ソフトウェアや複雑な回路を用いなくても、人間の目が明暗の境界線を強調して感じ取る機能(側抑制)を、イオニクス素子の特性だけで再現することができるという。
人工視覚イオニクス素子は、「リチウム酸窒化物」と呼ばれる固体電解質膜上に、「コバルト酸リチウム」と呼ばれる混合伝導体のチャネルを、8チャネル並列させた構造となっている。チャネルの両側には白金電極を設けた。入力側の白金電極に電圧パルスを印加し、出力側の白金電極で電流を計測する。この時、入力電圧は光受容からの電気信号に相当し、出力電流は双極細胞の応答に相当する。また、リチウム酸窒化物を介したチャネル間のリチウムイオンの移動が、水平細胞の働きに対応するという。
実験では、試作したイオニクス素子のチャネル1〜4に0.5Vを、チャネル5〜8に1Vのパルス電圧をそれぞれ印加した。この結果、50パルス印加後は、入力パターンのエッジ部分(チャネル4と5の間)で、チャネル電流対比が増大した。これは、明度の差によって境界付近が強調されて見える「マッハバンド効果」を再現したものだという。
研究グループは、画像のエッジ検出シミュレーションを行い、人工視覚イオニクス素子の画像処理能力を検証した。この結果、出力画像は入力画像である松本城の輪郭がはっきり抽出され、元画像では判別しにくかった石垣の模様も、明確に強調されていることを確認した。
研究グループは今後、素子の集積化や受光回路などとの統合することで、より人間の網膜に近い機能を持つ視覚センシングシステムを開発していく計画である。
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