2010年、日立製作所と三菱電機の合弁会社であるルネサス テクノロジは、NECエレクトロニクスと統合されてルネサス エレクトロニクスに社名が変わり、合計社員数が4万9200人となった。しかし、2012年に倒産寸前となって産業革新機構などに買収され、オムロン出身の作田久男CEO兼会長が工場やプロセス関係者を中心に徹底したリストラを行った結果、ルネサスの社員数は2020年末で3万人以上少ない1万8753人になっている。
また、一時はNAND型フラッシュメモリを含むメモリ事業部を上回る規模だった東芝のSoC(System on Chip)事業部は、ほぼ解体された。正確な人数は分からないが、現在のキオクシア(旧東芝メモリ)が2020年末時点に連結で1万3600人いることを考えると、同じくらいの社員が東芝を去った可能性がある。
さらに、2012年に1万人近くの社員数がいたエルピーダメモリ(以下、エルピーダ)が倒産した。加えて、2020年には半導体事業からの撤退を決めたパナソニックが、北陸の3工場などを台湾Winbond Electronics傘下のNuvoton Technologyに売却した。
こうして日本の半導体産業を俯瞰してみると、ここ10年間で少なくとも5万人以上の技術者がリストラされたのではないか。その中で優秀な技術者は海外企業へ転籍しただろう。また、製造装置メーカーや材料メーカーに移籍した者もいたはずだ。さらには、半導体以外の異業種に職を求めざるを得ない者も少なからずいたと思われる。
このようにリストラされた半導体技術者や元半導体技術者を集めることができるだろうか? さらに問題なのは、リストラされた彼ら彼女らが、確実に年を取っているということである。例えば、2010年に40代の働き盛りだった技術者は50代、もしかしたら定年間際の60歳近くになっているかもしれない。そのような技術者や元技術者が、未知の領域の最先端のプロセス技術で、ロジック半導体を生産できるのだろうか?
このように、TSMCの新工場の核となる数百人の半導体プロセス技術者を集めることには大きな不安がある。しかし何とかそれをクリアできたとしても、その先にはもっと深刻な問題が待ち構えている。
2005年に起きたその事件は、「東大ショック」と言われた。東京大学は、入学時には「理科I類」など大まかな枠しか決まっていない。その後、2年生から3年生になるときに、専門課程を決める「進学振り分け」が行われる。その際、1〜2年生の教養課程での成績の良い順に、希望の専門課程に進学できるようになっている。
1990年頃までは、電気・電子関係学科の人気が高く、狭き門だった。ところが、2005年に電気・電子関係学科の人気が最低となり、「希望すれば誰でも行ける」学科になり下がったのである。関係者は、この事件を「東大ショック」と呼んでいた。そして、電気・電子関係学科の不人気は、定員の底割れが危惧されるほど、その後も続いた。
これは東大だけに限らない。調査をしたことは無いが、他の大学でも、電気・電子関係の学科は倍率が下がり、入学しやすくなっていったと思われる。要するに、東大をはじめ、日本の大学の電気・電子には、優秀な学生が集まらなくなっていったと考えられる。
その原因は、2001年のITバブルの崩壊の際に、日立、東芝、NECなど電機メーカーが大規模なリストラを行ったことにある。その中でも、エルピーダ1社を残して、全ての電機メーカーがDRAMから撤退した影響は大きかっただろう。このような斜陽産業に、優秀な学生が集まるはずがない。
こうして、電機メーカーが半導体を中心にリストラを行う→優秀な学生が集まらない→大学の半導体の研究室が減少する→半導体技術者を志望する学生が減る、という負の連鎖が現在に至るまで続いていると考えられる。
このように、優秀な半導体技術者が育成できない状態の日本で、TSMCの新工場が建設されるわけだ。その工場は、1年や2年で取り壊されるわけではない。最初の立ち上げは、寄せ集めの技術者集団で行うかもしれないが、その後は毎年、大学の新卒を採用しながら稼働を続けていかなければならない。
日本政府が「日本半導体産業の再生」のためにTSMCを誘致するのなら、新工場を一つ作っただけで終わってもらっては困るのである。日本の中で、優秀な半導体技術者が育成されるシステムを構築する必要がある。日本政府には、その政策を立案し、実行する責任がある。そして、その政策を実行するには最低10年、もしかしたら数十年かかることを覚悟して頂きたい。その参考として、お隣の韓国の「K半導体ベルト」構想を紹介したい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.