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TSMCが日本に新工場を建設! 最大の問題は技術者の確保と育成湯之上隆のナノフォーカス(43)(4/4 ページ)

» 2021年10月22日 12時00分 公開
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韓国の「K半導体ベルト」構想とは

 2021年5月13日、韓国の文在寅大統領は、Samsungの平澤事業所で開催された「「K半導体ベルト」構想の報告会に出席し、「半導体メモリ世界1位の地位を強固にし、ロジック半導体でも世界最高になり、2030年までに総合半導体強国になるという目標を必ず成し遂げる」と述べたという(ソウル聯合ニュース、2021年5月13日)。

 この「K半導体ベルト」とは何か(図5)。まず、ソウル近郊の京畿道の板橋から器興、華城、平沢、天安、温陽へと南北につながる一帯、次に、京畿道の龍仁から利川、陰城へ続く東西の一帯、さらには龍仁から槐山、清州に続く南東の一帯。この3つのラインがちょうどKの字のようになっていることから、これら全てを「K半導体ベルト」と呼ぶことにした。

図5:韓国の「K-半導体ベルト」構想[クリックで拡大] 出所:東洋経済日報(2021年5月21日)の記事を参考に筆者作成

 これらの拠点の役割は次の通りである。まず、ソウル近郊の京畿道の板橋にファブレス拠点「韓国ファブレスバレー」を設置する。次に、素材、部品、製造装置の拠点として、龍仁と華城が新設され、ここに天安も加わる見込みである。龍仁にはSK hynixの半導体クラスターが形成され、50以上の素材・部品・装置の企業がこの拠点に参加するという(韓国の今をつたえる もっと!コリア、2021年5月13日)。

 さらに、チップを3次元に積層することによって、今後、ムーアの法則を牽引することが期待されている後工程/パッケージの拠点として、槐山、温陽、天安が挙げられている。

 そして、「K半導体ベルト」の中心になるのは、やはり、世界半導体売上高2位のSamsungと同3位のSK hynixである。この2社合計で、2030年までに約50兆円の投資を行うというから驚きだ。

韓国政府の支援策

 この「K半導体ベルト」構想の実現のために、韓国政府は次のような支援を行う(JETRO「ビジネス短信」、5月19日)。

1.半導体製造中心地への飛躍のためのインフラ支援拡大

1-1)2030年までの半導体業界の累積投資額を約510兆ウォン(約51兆円、1ウォン=約0.1円)以上と想定し、政府は半導体関連のR&Dと施設整備に対し税制支援を行う。R&Dは企業規模や技術内容により2%〜50%の税額を控除し、設備投資は企業規模や設備技術により1%〜20%の税額を控除する。

1-2)8インチウエハーラインのファウンドリー増設、素材・部材・設備および先端パッケージング施設への投資を支援するために、1兆ウォン以上の「半導体等設備投資特別資金」を新設する。貸出金利は1%分を減免、返済期間は5年間据え置き、15年間分割償還とする。

1-3)10年分の半導体用純水のための水資源確保や電力インフラ構築時の最大50%までの分担支援などを通じたインフラ支援を行う。

2.人材・市場・技術確保などの半導体の成長基盤の強化

大学定員の拡大、学士・修士・博士・実務教育など全課程の支援を通じ、2022年〜2031年の10年間に半導体産業人材36000人を育成する。

3.半導体産業の危機対応力の強化

3-1)半導体関連産業支援のための「半導体特別法」立法化に向けた協議を開始する。規制の特例、人材育成、基盤施設支援、投資支援、R&D加速化などが含まれる。

3-2)技術保護のため、M&A審査制度や国家核心技術のセキュリティ管理を強化する。

日本半導体産業の再生には数十年必要

 韓国では半導体が基幹産業である。その中でも、Samsungに入社するということは、エリートの証であり、一つのステータスにもなっている。Samsungの入社テストのための予備校もあると聞いている。つまり、現在の日本と違って韓国では、最も優秀な学生が半導体業界に集まってくるのである。

 その上さらに「K半導体ベルト」構想により、10年計画で大学の定員を拡大したり、学科を新設したりするなどして、半導体の技術者を3万6000人育成することを目指している。

 一方、我国日本では、2010年度にコンソーシアムのセリートが終了し、国家プロジェクト「あすか」が終わった後、半導体産業の強化策は何一つ行われていない。そして、前述した通り、ルネサスは3万人以上をリストラし、東芝のSoC事業部はほぼ崩壊し、エルピーダは倒産した。

 つまり、現在の日本半導体産業は、戦後の焼け野原状態にあると言える(関連記事:「日本の半導体ブームは“偽物”、本気の再生には学校教育の改革が必要だ」)。そこから、再生を図ろうというのなら、韓国の「K半導体ベルト」構想以上の大胆で長期的な政策が必要だろう。

 もし、TSMCを誘致して新工場を一つ建設しただけで終わったら、それは単なるばんそうこう張りにすぎない。本当に日本政府が、日本半導体産業を再生したいのなら、数十年かかることを覚悟するべきである。

(次回に続く)

⇒連載「湯之上隆のナノフォーカス」記事一覧


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筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。


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