産業技術総合研究所(産総研)は、シリコン光集積回路のみを用いて機械学習の演算を行う「ニューラルネットワーク演算技術」を日本電信電話と共同開発し、その動作を確認した。光伝搬だけで演算できるため、遅延時間や消費電力が極めて小さい。
産業技術総合研究所(産総研)プラットフォームフォトニクス研究センターのコン グアンウエイ主任研究員らは2022年6月、シリコン光集積回路のみを用いて機械学習の演算を行う「ニューラルネットワーク演算技術」を日本電信電話と共同開発し、その動作を確認したと発表した。光伝搬だけで演算できるため、遅延時間や消費電力が極めて小さいという。
データセンターからエッジコンピュータ、自動運転車、民生電子機器まで、さまざまな情報機器でAI処理システムの導入が進み、その規模も大幅に拡大している。これらのAI処理には現在、大量のデジタル演算プロセッサが用いられている。しかし、増大する消費電力や演算遅延が課題となっている。
これらの課題を解決する方法の1つとして、光集積回路を用いた光ニューラルネットワーク演算が注目されている。ところが現行の光ニューラルネットワーク演算回路は、光信号を電気信号に変換し、電子回路によるデジタル演算でこれを実現するハイブリッド構成となっており、消費電力や演算遅延などの点でメリットが十分に生かされていなかったという。
産総研はこれまで、シリコンフォトニクス技術の研究を行ってきた。そこで今回、光干渉計デバイスの駆動電圧に対する非線形性を用いた演算方式をシリコン光集積回路に実装することで、光集積回路のみによるニューラルネットワーク演算を実現した。
開発した演算方式を検証するため、シリコンフォトニクス技術により光集積回路を製作した。この回路は、シリコン導波路型マッハツェンダー光干渉計(MZI)および、単体位相シフターを基本要素としたメッシュ構造となっている。MZIや単体位相シフターは、導波路近傍に配置されたヒーターの熱光学効果によって動作する。
この回路を分類演算に適用した時の動作原理はこうだ。まず、解析用データを電気信号でMZIに入力すると、光信号に変換される。この時、MZIの非線形応答により、入力データは高次元複素振幅空間に写像される。入力部を通過した光信号は、積和演算部での演算を経て、分類の境界を与える高次元平面を算出する。そして、最大光パワーを示す出力ポートの位置で、最終的な分類演算の結果が示されるという。
なお、MZIのパラメーター設定は、細菌採餌最適化アルゴリズム(BFO)あるいは、前方伝搬アルゴリズム(FP)を用いた、回路実機による直接学習で行った。
製作した回路を用い、「Iris flower classification」と呼ばれる分類演算用のベンチマークテストを行った。アヤメの花弁サイズからアヤメの種類を判別するものである。この結果、学習前は分類することができなかったが、90サンプルを学習した後では、分類の正答率が約94%になった。学習に用いなかった60サンプルに対する分類では、約97%の正答率が得られたという。
分類演算の処理時間は100ピコ秒以下で、デジタル電子回路演算の約1000分の1である。回路パラメーターの設定に要したヒーター電力は約360mWであり、同様に数十分の1となった。さらに、データ入力用干渉計をヒーター方式から、PN接合型高速シリコン光変調器に変更すれば、原理的に毎秒数百億回という高いスループット演算が可能になるという。
産総研らは今後、演算回路を大規模化し、より複雑な演算への適用性を確認していく。また、高スループットや学習機能の集積化に向けて、入力用高速光変調器や受光器の集積、デバイス駆動用および、学習制御用電子回路の実装を進める予定である。さらに、汎用データプリプロセッサや、再帰回路の付与による時間波形認識などに対する適合性を確認していく。
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