今回は、いつもレビューをお願いしている後輩の都合がつかなくて、20年間ほど音信不通であった先輩に、掲載前夜(8月30日)に、思い切って連絡をして、レビューをお願いしました。今回のこのネタに限れば、後輩のピンチヒッターとして頼める人間が、先輩以外に思い付かなかったからです。
この先輩こそ、日本停滞党の党是『万国の労働者よ! 停滞せよ!!』の精神的支柱を構築し、心を揺り動かす檄文(げきぶん)の数々で、私を魅了しつづけた、”エルカンターレ先輩”こと、通称『L先輩』です(ちなみに、嫁さんは、今でも、気安く”エル”と呼んでいます)。
L先輩はレビューを快く引き受けてくださり、20年間の時間を感じさせない鋭いビジョンで、私を圧倒し続けました。
L先輩:「このコラムは、江端の『安全で安心な老後の生存戦略』の話なんだよな」
江端:「そうです」
L先輩:「じゃあ、『カルト教団に入団する』というような消極的なアプローチではなくて、むしろ、『カルトを活用して金もうけをする』という方向が正しいんじゃないのか?」
江端:「と、いいますと?」
L先輩:「まずは、科学的アプローチからの、『汎用的な洗脳技術』の研究開発と、そのビジネスモデルの確立が最優先課題だろう。いまさら、少子化問題やら、介護問題や、都市問題なんぞやって、どうする?ぶっちゃけ、手遅れだよ。いっそうのこと『洗脳技術で競合に勝つ』、というくらいの、思い切った研究提案をしてはどうだ」
江端:「定年前の私を、今、クビにするつもりですか?」
L先輩:「確かに、”洗脳”ではイメージが悪いか・・・では、『教祖学』だな。これから、教祖になるノウハウを確立して、自らが教祖になる、というのが、てっとり早いんじゃないか?」
江端:「言っちゃなんですが、私が、教祖になれると思いますか? 自分で言うのも悲しいですが、私の人望はゼロどころか、マイナス方向に振れていますよ」
L先輩:「そこが発想の転換点だ。何も自分が教祖にならなくたっていい。『人望がないあなたも教祖になれる!』『何の信念もないのに教祖になれる!』『神の啓示なんぞ、1ミリ秒も聞こえてこないあなたも、教祖になれる!』という ―― 教祖セミナーで稼ぐんだ」
江端:「”私”が”教祖”にならなくてもいいんですか?」
L先輩:「ちまたの投資セミナーと同じことだ。もうかる手法を、他人に開示するなんて、合理的に考えてみれば、開催される理由がない。そんなセミナー開く暇があったら、自分で資金を集めて自分で資金を運用すればいいだけだろう。わざわざ、他人に金もうけのノウハウを開示する合理的理由があるか?」
江端:「・・・ないですね」
L先輩:「つまり、投資セミナーとは、もうかる保証のない方法を他人に開示して、『後は自己責任で、よろしく!』とほったらかしにして、受講料だけを搾取するイベントだ。それに、教祖セミナーは、まだ市場が未開拓だ。競合がいないんだから、江端は、テキトーなことをベラベラしゃべっていればいい」
江端:「・・・」
L先輩:「受講者が失敗したら、『あなたは人間的に魅力を、もっと高めれば成功します。ところで、こちらは、”あなたの魅力を高めるセミナー”のご案内です』と言って、また次のセミナーに誘導することもできる」
江端:「うん・・・確かに行けそうですね。詐欺罪は、『故意に虚偽の事実を伝える』という構成要件が必要ですが、教祖セミナーという形であれば、”虚偽の事実”の立証することが難しそうです。100人受講すれば、1人くらいは教祖になれるかもしれませんし・・・それに、私(江端)なら、その辺のロジック作りができるような気がします」
L先輩:「その他にも、”教祖”として教団を運営するのは面倒だろうから、死後救済セミナー、という形で、会費を徴収する、という手もあるぞ」
江端:「なんですか?その『死後救済セミナー』って?」
L先輩:「端的に言えば、『このセミナーで教えた通りの生活を続けていれば(例えば、一定金額を、毎月、江端の口座に入金していれば)、死後の審判において、あなたは、被告席に座らなくても良くなります』という内容のセミナーだな」
江端:「はぁ?」
L先輩:「つまり、”終末裁判免責特権”だ。『あなたは死後、被告席の着席は免除されます』『いきなり、裁判官または陪審員の席に座ることができます』を唄うセミナーだ」
江端:「それ、単なる免罪符*)の話でしょう?」
*)カトリック教会が、浄財(献金)などを代償として信徒に与えた一時的罪に対する罰の免除証書。中世末期、教会の財源増収のため乱発されて、ルターの宗教改革のきっかけとなった。
L先輩:「そこを差別化するんだ。『神』だの『仏』だのではなく、江端の持っている法律ロジックを投下するだけでいい。大丈夫だ、『法律』という文言だけで信用してしまうチョロイ人間は山ほどいる。これで、宗教を越えた、死後救済の新しいパラダイムのビジネスの完成だ」
江端:「そんなにうまくいきますかねえ・・・。ところで、いつの時代も、カルト宗教団体は、金銭トラブルの巣窟(そうくつ)といってもいいくらいですが、一体、かれらは、どんな悪意をもって金もうけをしようとしているのでしょうか?」
L先輩:「いや、彼らには悪意はないよ。そこは賭けてもいい。彼らは、100%善意で行動している」
江端:「そうですか?ならば、もっと世の中の人々にとって、分かりやすい善意で行動すればいいのに、なんで、あんなに分かりにくい、はっきり言えば世間から憎悪されるようなやり方しかできないんでしょうか?彼ら、バカなんですか?」
L先輩:「そうではなくて、世間に迎合する方法では『特別』になれないからだ。『私は多くの人間とは違う』、つまり『私は、人とは違って、選ばれた存在である』であることを示したい、だから、あえて世間と逆方向に進むことで、『おまえたちは真理が見えていない。私たち信徒だけが見えている。私たちには、おまえたちを導く義務がある』と、他人を見下すことで特別になれる、というロジックで彼らは動いているんだ」
江端:「それは、『特別』が強化されるためには、世間から迫害され続けなければならない、ということですよね。それはつらく、厳しい生き方のようにも思えますが」
L先輩:「逆だ。基本的に奴らはヘタレだ。『特別でありたい』という自己虚栄心だけは一人前のくせに、『一人では嫌』という、孤立して生きる覚悟がないから、仲間を求めてカルト宗教にハマっていくわけだ」
江端:「カルト宗教をたたきつぶす方法って、ないでしょうか? 正直、私、うっとうしくてしょうがないのです。今後も、法律の規制くらいでは、カルトはつぶせそうにありません」
L先輩:「そうだなぁ・・・ならば、別のカルト教団を作る、というのはどうかな?」
江端:「は?」
L先輩:「うん、キリスト教系のカルトであるなら、同じ、キリスト教系のカルトが望ましいだろう。仏教系やイスラム教系ではダメだ。同じキリスト教系のカルトで、その教義がそっくりであればなお良い。そんでもって、ほんの一部だけ、教義の内容が違う、というのが望ましい ―― そうだなぁ、本文の、エバタ・プリンシプルの『四位一体』を『五位一体』とするくらいの、わずかな違いにするといい」
江端:「・・・」
L先輩:「賭けてもいいが、これだけで、双方のカルト教団、殺し合いを始めるぞ」
江端:「そういうものですか?」
L先輩:「分派したキリスト教教団同士の血みどろの歴史を見れば、そんなこと明らかだろう? それに、70年代安保の左翼の内ゲバについては、江端の方が詳しいはずだ。その辺、よく知っているんじゃないのか」
江端:「はい・・・その通りです。教義または思想がそっくりだからからこそ、外側から見ると全く分からないような、ささいな違いが、内側同士では、殺意を覚えるほどの異端に見えて、殺し合いに発展しています。ほぼ100%です」
L先輩:「そもそも、あの教団は、19世紀〜20世紀に世界を席巻した『共産主義』というカルト宗教のアンチテーゼとして発生したと自称しているくらいだ。昨今、『共産主義』は勝手に自壊しつつあるようだけど、これも『カルト対カルトの闘争だった』と言えば、言えるんじゃないかな」
江端:「なるほど。とりあえず、私は、カルト教団をたたきつぶすために、別のカルト教団を立ち上げればいいんですね。それでは、これから、その方向で検討を始めます」
L先輩:「江端の作るカルト教団か・・・もう、それだけで、十分な社会悪になると、確信できるなぁ」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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