産業技術総合研究所(産総研)は、従来のITO膜に比べ電子移動度が6倍以上で、近赤外帯域の透過率を1.7倍に高めた「フレキシブル透明導電フィルム」を開発した。赤外線監視カメラや車載カメラの性能を向上させることが可能となる。
産業技術総合研究所(産総研)製造技術研究部門リマニュファクチャリング研究グループの野本淳一研究員と山口巖上級主任研究員は2022年12月、従来のITO膜に比べ電子移動度が6倍以上で、近赤外帯域の透過率を1.7倍に高めた「フレキシブル透明導電フィルム」を開発したと発表した。赤外線監視カメラや車載カメラの性能を向上させることが可能となる。
開発した透明導電フィルムは、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂基材上に、酸化インジウム(In2O3)薄膜を形成した。微量の水素とセリウムを添加した非晶質薄膜(以下、ICO:H)は、結晶化することで高い電子移動度を実現できるという。ただ、結晶化するためには150〜200℃で熱処理する工程が必要となり、加熱する条件などによっては、樹脂基材が変形したり変色したりすることもあるという。
研究グループは今回、紫外線エキシマレーザー照射による光結晶成長技術を用いた。これによって、樹脂基材に熱ダメージを与えることなく、透明導電膜層を結晶化することに成功した。レーザー照射によるICO:Hの結晶性を評価したところ、レーザーを照射した膜は、表面全体が直径約2μmの結晶で覆われていることを確認した。PETには白濁などのダメージもなかったという。
レーザー照射によって結晶化したICO:Hフィルムの電気特性を調べた。この結果、試作品の電子移動度は133cm2/Vsであった。市販されているITOフィルムは約20cm2/Vsであり、これと比べICO:Hフィルムは6倍以上も高いという。電子密度は2.2×1020cm-3で、抵抗率は2.1×10-4Ωcmとなった。
開発したICO:Hフィルムの透過スペクトルも測定した。この結果、特に1000nm以上の長波長帯域でも高い透光性が得られることを確認した。波長1550nmのレーザー光を利用する次世代LiDAR向けの透明ヒーターなどに適しているという。
開発したICO:Hフィルムと市販ITOフィルムを近赤外線カメラで撮影し、視認性の評価も行った。用いたカメラは、波長950〜1700nmに感度を持つインジウムガリウムヒ素(InGaAs)検出器を搭載している。この結果からも、ICO:Hフィルムは市販ITOフィルムに比べ、近赤外線の透光性が高いことを実証した。
さらに、ICO:Hフィルムなどを透過させた場合の信号ロスを検証した。実験では波長1550nmの発光ダイオードを発光させ、試料越しにフォトダイオードで光を受けた時の電圧シグナルを測定した。発光ダイオードの光を直接受けた場合の電圧シグナルは82mVであった。これに対し、市販ITOフィルムを透過させると52mVになり、信号は37%も減衰した。一方、ICO:Hフィルムを透過させても77mVと高く、信号ロスはわずか6%にとどまることが分かった。
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