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産総研が量子アニーリングマシン開発の成果を報告長い開発「リレーのようにつなぐ」(1/3 ページ)

産業技術総合研究所(産総研/AIST)は2022年9月30日、NEDOの委託事業「量子計算及びイジング計算システムの統合型研究開発」で開発を続けている量子関連のプロジェクトについて、開発成果や、開発に用いている装置などを報道機関向けに説明、公開した。

» 2022年10月06日 09時30分 公開
[村尾麻悠子EE Times Japan]

半導体性能の伸びは「鈍っている」

 産業技術総合研究所(産総研/AIST)は2022年9月30日、NEDOの委託事業「量子計算及びイジング計算システムの統合型研究開発」で開発を続けている量子関連のプロジェクトについて、開発成果や、開発に用いている装置などを報道機関向けに説明、公開した。

 産総研は同プロジェクトで、量子力学原理に基づくコンピュータ(量子コンピュータと量子アニーリングマシン)の実現およびその社会実装を目指し、開発を進めている。

 NEDO IoT推進部 部長を務める林勇樹氏は、「ムーアの法則については、まだ続くという意見、終わりを迎えるという意見の両方があるが、トランジスタ数に対する半導体性能という観点から見れば、伸びが鈍っているのは事実だ。そのため、半導体の微細化技術だけでなく、次世代コンピューティングの技術開発も長期的に取り組むことが重要である」と語った。

「トランジスタ数に対する半導体性能の伸びは鈍っている」と林氏は指摘する[クリックで拡大]

 その次世代コンピューティング技術の一つとして開発が進んでいるのが量子コンピューティングである。クラウド領域の基盤技術として期待される技術で、NEDOは2016年度から量子アニーリングマシンの開発を推進してきた。林氏は「基礎技術から応用開発まで、10年以上を要する長期間の研究開発になるが、国の開発としては、行うべき領域だ」と強調する。

NEDOにおける量子コンピューティング関連技術の開発ロードマップ[クリックで拡大]

社会実装には「100万量子ビットが必要」

 量子力学原理に基づくコンピュータは、問題を解く方法の違いによって大きく2つに分けられる。汎用性の高い「量子コンピュータ(ゲート型量子コンピュータ、デジタル量子コンピュータとも呼ばれる)」と、組み合わせ最適化問題に特化した「量子アニーリングマシン」である。

量子力学原理に基づくコンピュータは2つに大別される[クリックで拡大]

 量子コンピュータは、0と1の両方が存在する量子的重ね合わせの原理を利用して並列計算を行うもの。量子化学、機械学習、因数分解など約100種類の数学的問題を得意とし、これらを超高速で解くことができる。産総研 新原理コンピューティング研究センター 副研究センター長を務める川畑史郎氏は「量子コンピュータが得意とするのは、あまたある数学的問題の中の、たった100種類程度。だがこの100種類の中に、量子化学や機械学習といった極めて重要な問題が含まれる」と強調する。そして、これらの数学的問題を高速に解くことが、創薬や材料探索、AI(人工知能)、金融など、社会的に重要な分野での応用につながるため、量子コンピュータに高い注目が集まるのだ。

 量子コンピュータについては、IBMをはじめ、Google、Intel、Alibabaなどの大手ハイテク企業が開発競争を繰り広げている。IBMは2021年11月、127量子ビットを集積した量子プロセッサ「Eagle」を発表した。100量子ビットを超えたと話題になったが、川畑氏は「社会実装に耐えうる、つまりビジネスでも使用できるようにするには、100万量子ビット級の大規模集積化が必須になる」と述べる。「それを達成するには、20〜30年の長い時間が必要だとされている」(同氏)

 量子アニーリングマシンは、高温で熱した金属をゆっくり冷やすと構造が安定する「焼きなまし」の手法を応用して、近似解を求めるもの。2011年にカナダのD-Wave Systems(以下、D-Wave)が、超伝導量子ビットを用いた量子アニーリングマシンを商用化した。同社の量子システム「Advantage」は5000個以上の量子ビットを備えている。

 量子アニーリングマシンについても、D-Waveの他、NEC、日立製作所、富士通などの企業が開発を進める。だが、やはり量子アニーリングマシンでも、100万量子ビット級の大規模集積化が必要だと川畑氏は述べる。「5000量子ビットクラスでは、10都市くらいの巡回セールスマン問題しか解けない。それはPCでもさくっと解けてしまう」(同氏)。さらに、現在は量子ビットの量子コヒーレンス*)がまだまだ短いので、より長く延ばさなければならないと川畑氏は続ける。

*)量子力学的粒子の重要な性質で、量子コンピュータ/量子アニーリングマシンを理想的に動作させるには、量子コヒーレンスをできるだけ長く維持することが重要になる。

 これらの課題を解決すべく、産総研は、特にNECと強力なパートナーシップを結びながら開発を進めてきた。NEDOのプロジェクトでは、特に量子アニーリングマシンの開発に焦点を当てている。最終的な目標は、誤り耐性を備えた量子コンピュータ、つまりFTQC(誤り耐性汎用量子コンピュータ)の実現だ。だがこれには数十年レベルという非常に長い時間がかかる。そのためまずは、量子ビット数が数個〜数百個程度の小〜中規模の量子コンピュータであるNISQ(ニスク)の開発に向け取り組んでいるというのが現状だ。「重要なのは、バトンのリレーを渡すように、長く研究開発を続けていくことだ」(川畑氏)

FTQCの実現には、あと数十年かかるとされている[クリックで拡大]
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