グラフを見ても分かる通り、メモリ市場では2015年末から2016年にかけて3回目のボトム期、2019年に4回目のボトム期が発生している。DRAMを持つ3社は両ボトム期で赤字転落を免れたのに対し、NANDフラッシュ専業のキオクシアは2019年に大赤字を計上している。2016年ごろから3D化が加速したNANDフラッシュは設備投資負担が相対的に大きく、2019年のボトム期には、Samsungを含む全てのメーカーにおいてNANDフラッシュ事業は赤字に転落していた、とみて間違いないだろう。しかし、このボトム期でもDRAMで黒字を維持できた3社はNANDフラッシュの赤字を帳消しにできた、ということになる。結構デリケートなことなので、慎重に言葉を選ぶ必要があるが、たった3社に寡占されているDRAM市場は、ユーザーよりもメーカーの方が交渉を優位に運びやすい、あるいはメーカーが市況をある程度リードできる、という側面があるのだろう。プレーヤーが5社も存在するNANDフラッシュ市場とは勝手が違うのかもしれない。
そして今回が5回目のボトム期ということになるが、前年比で60%減を割り込んでおり、これまでのボトム期よりも厳しい状況であることが分かる。メモリ市場が下落し始めるときは通常、供給過剰に伴う単価下落が主要因になるものだが、今回はまず出荷数量が大きく減少したことが要因になっている点が気になる。言い換えれば、これだけ市況が悪化しているにもかかわらず、単価があまり下落していないのだ。明らかに供給過剰状態なので、単価はこれから急落する可能性が高く、メモリ市況はこれからまだ下がるかもしれない。前年比70%減、80%減などという過去に例を見ない水準にまで市況が悪化することも十分に考えられるのだ。
Samsungの2023年1〜3月期に半導体部門が赤字になった、という事実がこの記事を書く動機になったわけだが、2023年2月に公開した本連載記事では、Samsungの2022年10〜12月期の半導体営業利益がかろうじて赤字を免れたこと、2023年1〜3月期はさらなる悪化が懸念されることを指摘していた。「やっぱり赤字になったか」というのが正直なところである。
では、メモリ市況の回復はいつなのか、何がキッカケになるのか。再びSamsungのコメントを引用すると、「半導体部門の黒字化は2023年10〜12月期にずれ込む」と見ているようである。上述のグラフで言えば、「対前年同月比の成長率は2023年4〜6月がボトム」の可能性が高い。なぜなら、メモリ市況は2022年7月以降急速に悪化しているので、今年後半の市況が良くなくても、対前年同月比は計算上回復する見込みが持てるからである。もちろん、それは「計算上」の話であって、実際の需要回復には実需が伴わねばならない。筆者としては、以下の2点に注目すべきと考えている。
1つ目は、今後の単価下落である。すでに赤字に低迷しているメモリメーカー各社には厳しい言い方だが、メモリ需要は単価下落時が最も伸長率が高い。これは過去の市場データが実証しており、2015年や2019年の不況時にメモリ単価が下落、それが需要を大きく伸ばすきっかけとなっているのである。上述したように、今回のメモリ不況は単価下落がまだ大きくなく、需要そのものが大きく減少して発生したものである。もっと単価が下がらないと、需要を活性化させることは難しい。
そして2つ目は、第5世代移動体通信(5G)サービスの立ち上がりである。元々5Gは、自動運転や遠隔医療など、ある意味でヒトの命に関わるようなサービスの実現に不可欠な技術として期待されてきたが、もっと手軽で気軽な、こんなことができたら良いな、というレベルの5Gサービスが世界中のどこかで立ち上がってくれることを筆者としては期待している。スマホも5G対応機の需要が増えているものの、実質的なサービスが存在しない現在、5Gがどうしても必要な機能とは言えない。どんな内容のサービスでも良いから、それを使い、楽しむ目的でスマホやPCの買い替え需要に結びつくかどうかが重要なのである。当然、GAFAやMicrosoftなど大手ITサービスプロバイダー各社も、5Gサービスを前提とした対応を加速するだろうし、データセンター向け設備投資も再燃してくれるだろう。
毎回感じることではあるが、半導体不況の真っただ中にいるときは、なかなか回復のシナリオがイメージできず、業界人の誰もが弱気になり懐疑的になるのが常である。今回もまさにそうで、回復のメドが立たない、5Gサービスと言われても具体的なイメージが湧かないなどなど、ボヤキが優先するものだ。筆者にも5Gサービスの具体的なイメージがあるわけではないが、シリコンサイクルを繰り返すたびに感じてきたこと、経験してきたことでもある。ボトムは必ず回復してピークに向かう。これだけは確かだろう。
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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