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最高の酸化物イオン伝導度を示す酸塩化物を発見模擬実験でメカニズムも解明

東京工業大学は、200℃以下の低温域で酸化物イオン伝導度が最高値となる、新たな「酸塩化物」を発見した。その結晶構造とイオン拡散経路、酸化物イオン伝導度のメカニズムも解明した。

» 2023年04月27日 13時30分 公開
[馬本隆綱EE Times Japan]

低温で作動する高性能燃料電池に向けた材料開発を加速

 東京工業大学理学院化学系の矢口寛大学院生(研究当時)と八島正知教授らの研究グループは2023年4月、200℃以下の低温域で酸化物イオン伝導度が最高値となる、新たな「酸塩化物」を発見したと発表した。実験でその結晶構造とイオン拡散経路を明らかにするとともに、シミュレーションによって酸化物イオン伝導度のメカニズムも解明したという。

 酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン(O2−)伝導を示す物質で、固体酸化物形燃料電池(SOFCs)や酸素分離膜、触媒、ガスセンサーなどに応用されている。ただ、現行のSOFCsで用いられている「イットリア安定化ジルコニア(YSZ)」電解質は、作動温度が700〜1000℃と高く、製造コストや長期使用時の信頼性などに課題があった。

 研究グループは今回、新たなSillen酸塩化物「LaBi2−xTexO4+x/2Cl」(=Bi2−xTexLaO4+x/2Cl;x=0.1, 0.15, 0.2)と、既知物質の「LaBi2O4Cl」(=Bi2LaO4Cl;x=0)を合成した。また、組成「LaBi2−xTexO4+x/2Cl」の酸化物イオン伝導性と結晶構造を調べた。これらの化合物は、過剰酸素が入り込む空間が存在しており、準格子間機構による高酸化物イオン伝導が期待できるためだ。

空孔機構と準格子間機構による酸化物イオンの拡散機構 出所:東京工業大学 空孔機構と準格子間機構による酸化物イオンの拡散機構 出所:東京工業大学

 実験の結果、LaBi2−xTexO4+x/2Cl(x=0, 0.1, 0.15, 0.2)の中で、最もイオン伝導度が高いのはx=0.1の組成LaBi1.9Te0.1O4.05Clであった。

 そこで、LaBi1.9Te0.1O4.05Clの輸送特性を調べた。これにより、「酸素濃淡電池で測定したO2−の輸率は1に近い」「全電気伝導度は極めて広い酸素分圧領域で一定」「直流分極測定では、抵抗値が時間に依存しない」「プロトン(H+)の輸率は、湿潤雰囲気でも無視できる」ということが分かった。

 これらの結果から、酸化物イオンは支配的なキャリア(電荷担体)であることが判明した。第一原理分子動力学(AIMD)シミュレーションによれば、酸化物イオンの平均二乗変位(MSD)が他のMSDよりも大きかったことから、LaBi1.9Te0.1O4.05Clのキャリアは酸化物イオンであることを確認した。

 また、他の物質と酸化物イオン伝導度を比較した。LaBi1.9Te0.1O4.05Clは、96〜201℃の温度範囲で最も高い酸化物イオン伝導度となった。バルク伝導度は、Bi2V0.9Cu0.1O5.35に比べ121℃で5倍高く、YSZに比べると、300℃で320倍も高くなった。LaBi1.9Te0.1O4.05Clは、 10−25〜0.2気圧という広い酸素分圧範囲で分解せず、電気伝導度が酸素分圧に依存せずほぼ一定であるため、優れた酸化物イオン伝導体であることが分かった。

LaBi1.9Te0.1O4.05Clと既知高酸化物イオン伝導体における酸化物イオン伝導度の比較 出所:東京工業大学 LaBi1.9Te0.1O4.05Clと既知高酸化物イオン伝導体における酸化物イオン伝導度の比較 出所:東京工業大学

 続いて、25〜400℃の温度範囲で中性子回折実験を行い、リートベルト法により結晶構造を解析した。LaBi1.9Te0.1O4.05Clが、高い酸化物イオン伝導度を示す要因を調べるためである。LaBi1.9Te0.1O4.05Clは、三重蛍石類似層とCl層が交互に積層した結晶構造となっており、Sillen相であることが分かった。特に、三重蛍石類似層の存在が、高い酸化物イオン伝導性にとって重要だという。

400℃におけるLaBi1.9Te0.1O4.05Clの結晶構造および、中性子散乱長密度分布とその等値面と結晶構造 出所:東京工業大学 400℃におけるLaBi1.9Te0.1O4.05Clの結晶構造および、中性子散乱長密度分布とその等値面と結晶構造 出所:東京工業大学

 イオン伝導経路を可視化するため、最大エントロピー法(MEM)を用いて中性子散乱長密度分布を解析した。これにより、酸化物イオンは400℃で三重蛍石類似層中を2次元的に拡散することが分かった。可視化されたーO1ーO2ーO1ーの拡散経路は、LaBi1.9Te0.1O4.05Clの酸化物イオンが準格子間機構により拡散する直接的証拠だという。

LaBi1.9Te0.1O4.05Clの三重蛍石類似層のbc面(座標x=0.5)における結晶構造と、25℃/200℃/400℃における中性子散乱長密度分布 出所:東京工業大学 LaBi1.9Te0.1O4.05Clの三重蛍石類似層のbc面(座標x=0.5)における結晶構造と、25℃/200℃/400℃における中性子散乱長密度分布 出所:東京工業大学

 研究グループはさらに、AIMDシミュレーションを用い、酸化物イオンの拡散と局所的なダイナミクスを調べた。O2席の格子間酸化物イオンOBは、隣接する空の格子間O2席に向かい、最近接の格子O1席に存在する別の酸化物イオンOAを押し出し、二次元的に準格子間機構で拡散することが分かった。

AIMDで計算した酸化物イオン拡散のスナップショット 出所:東京工業大学 AIMDで計算した酸化物イオン拡散のスナップショット 出所:東京工業大学

 研究グループは今後、LaBi1.9Te0.1O4.05Clについて、元素置換を行って酸化物イオン伝導度と安定性をさらに高めていく計画である。また、LaBi1.9Te0.1O4.05Clに適した電極材料の開発を進め、SOFCsの実用化を目指す。

 今回の研究は、東京工業大学の研究グループを中心に、東北大学多元物質科学研究所の森川大輔助教、同学際科学フロンティア研究所の津田健治教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所/J-PARCセンターの齊藤高志特別准教授らが共同で行った。

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