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ナフサ危機で迫る「レジスト供給途絶」――世界の半導体工場を停止させる、もう一つの臨界点湯之上隆のナノフォーカス(91) He/ナフサ供給危機と半導体(3)(2/6 ページ)

» 2026年04月28日 14時15分 公開

第2章:PAG対アニオン――フォトレジストとPFASの交差点

2.1 化学増幅レジストの原理とPFAS

 ここでフォトレジストは、もう一つの次元のリスクを抱え込む。それがPFASである。化学増幅型レジスト(CAR)の動作原理は、以下の通りである。

  1. 光によりPAGが分解し、強酸を発生
  2. 生した酸が、ポリマー側鎖の酸不安定保護基(t-Boc、アセタール等)を脱保護
  3. 保護反応で生じた酸が触媒的に再利用され、反応が増幅
  4. 結果として、現像液(TMAH水溶液)への溶解性が露光部のみで変化

 この増幅機構の心臓部にあるのが、PAGから発生する酸の強度・拡散距離・安定性である。これがレジストの感度・解像度・LWR(Line Width Roughness)を決定する。

 そして、業界標準的に用いられてきた酸は、パーフルオロアルキルスルホン酸――すなわちPFASである。

2.2 標準PAG対アニオンは全てPFAS

 実用化されているPAGの対アニオン(発生する酸)の主要なものを列挙する(図3)。これらはECHAのPFAS定義(少なくとも一つの完全フッ素化メチル基またはメチレン基を含む化合物)に全て該当する(ECHA, ANNEX XV Restriction Report, 2023)。

図3 実用化されているPAGの対アニオン(発生する酸)の主要な物質のPFAS依存性[クリックで拡大]

2.3 なぜPFASでなければならないのか

 ここがリソグラフィの専門家にとって最も重要な論点である。なぜ炭化水素系スルホン酸ではなく、フッ素化スルホン酸が必要なのか。理由は三つある。

(1)酸強度(pKa) 化学増幅反応に必要な酸触媒は、ポリマー側鎖の酸不安定保護基を効率的に脱保護できる強度を持たねばならない。トリフルオロメタンスルホン酸のpKaは約−14であり、これに対しメタンスルホン酸のpKaは約−2である。12桁の差は、増幅効率に決定的な影響を与える。炭化水素系スルホン酸では、必要な脱保護速度を確保できない。

(2)酸拡散距離の制御 CARでは、発生酸の拡散距離がLWRと解像限界を決める。ArF/EUV世代では、各社特許から判断する限り、フッ素化アルキル鎖の長さを単純に変えることが主流ではなく、嵩高い炭化水素基(アダマンチル基など)をアニオン部に導入する設計や、PAG自体をベースポリマー側鎖に結合させる「ポリマー結合型PAG」によって拡散距離を制御する手法が主流と推定される。いずれの場合も、強酸性を担う部位は依然としてパーフルオロアルキルスルホネートであり、PFAS依存の本質は変わらない。炭化水素系強酸では、この精密設計の前提となる酸強度・化学的安定性が失われる。

(3)化学的安定性 PAGはレジスト中で長期間(数カ月〜1年)安定でなければならない。フッ素化アニオンは、求核性が極めて低く、ベースポリマーや添加剤との副反応を起こさない。炭化水素系スルホン酸では、保管中に分解や副反応が進行する。

 つまり、PFAS系PAGは「便利だから使われている」のではなく、CARの動作原理そのものに組み込まれている。これは、装置部材におけるFFKMの代替困難性と同型、あるいはそれ以上の構造である。

2.4 ECHA規制とPAG――半導体産業の急所

 ECHAが2023年2月に公表したANNEX XV Restriction Reportは、PFASの広範な使用制限を提案している(ECHA, 2023)。同報告書は、半導体製造におけるPAGの使用を特定用途として明示的に言及しており、適用除外(derogation)の議論対象となっている。

 SEMI(業界団体)はECHAに対し、半導体リソグラフィでのPFAS系PAGの代替困難性を論拠に適用除外を求める意見書を提出した(SEMI Position Paper, 2023)。しかし、規制発効の時期と除外範囲は、現時点でも確定していない。

 ここで前稿と接続する重要な事実を指摘しておく。3Mは2025年末までにPFAS事業から撤退した(3M Press Release, December 20, 2022)*)。3Mは、PAGの対アニオン部の原料となる特定パーフルオロアルキルスルホン酸誘導体の主要サプライヤーでもある。3M撤退は、FFKMやPFPEだけでなく、PAG原料の供給ベースをも削る。

*編集注)3Mは予定通り2025年末にPFASの製造を終了したと複数のメディアが報じている。

2.5 PFAS Free/フッ素Freeレジストの研究動向と、その時間軸

 ここで、リソグラフィ研究の最前線で進行している重要な動きについて触れておく必要がある。ECHA規制と3M撤退を受けて、レジスト業界では近年、PFAS Free/フッ素Freeをうたう次世代レジストの研究開発が世界的に加速している(具体例は本節末に記載)

 この動きは、第2.3節で論じた「CARの動作原理にPFASが組み込まれている」という現状認識を、いずれ書き換える可能性を秘めている。すなわち、化学増幅の基本原理そのものを再設計しようという挑戦が、既に始まっているのである。

 しかし、ここで決定的に重要なのは、その実現までの時間軸である。非フッ素系PAGや代替アーキテクチャは、いずれも実験室レベル・パイロットレベルでの性能評価段階にあり、量産フォトレジストに搭載されるまでには、なお相当の時間を要する。具体的には、

  1. 候補分子の合成・スクリーニング:1〜2年
  2. レジスト配合最適化と基本特性評価:2〜3年
  3. 量産プロセスでの認定(解像度・LWR・感度・欠陥・経時安定性の全てを既存品同等以上に):2〜3年
  4. ファブ側での個別レイヤー認定:1〜2年

 これらは並列的に進められるとしても、全体としては最短でも5〜10年規模の開発期間が必要となる。ITRSやIRDS(International Roadmap for Devices and Systems)のロードマップでも、PFAS Freeレジストの本格量産投入は2030年代以降と位置付けられている(IRDS Lithography Chapter, 2023 Edition)。

 従って、本稿が論じるホルムズ危機――今まさに進行している、あるいは数カ月〜半年以内の時間軸で顕在化しうる供給リスク――に対しては、PFAS Free/フッ素Freeレジストは間に合わない。現時点で量産ラインを流れているレジストの99%超は、依然としてPFAS依存型のCARである(TECHCET, Critical Materials Report: Photoresists, 2024)。

 つまり本稿の議論は、次のように位置付けられる。長期的には、フォトレジスト業界はPFAS依存から脱却する方向に動き出している。しかし短期〜中期(向こう5〜10年)においては、PFAS依存型CARが量産の主役であり続ける。ホルムズ危機・ナフサ危機・PFAS規制の三重リスクは、この「移行期間の脆弱な現状」を直撃する。

 PFAS Freeへの移行は、半導体産業の長期戦略課題である。しかし、それは目前の供給途絶リスクへの「逃げ道」にはならない。両者は、まったく異なる時間軸の問題なのである。

研究開発が進むPFASフリーの次世代レジスト

  1. 非フッ素系PAGの開発:イミド系、メチド系、ボレート系など、フッ素を含まない、あるいはフッ素含有量を大幅に削減した対アニオンを用いた新規PAGの探索(Matsumiya et al., J. Photopolym. Sci. Technol., 2022; Allen et al., Proc. SPIE 12498, 2023)
  2. 酸増殖剤(Acid Amplifier)の併用:弱酸PAGと酸増殖剤を組み合わせることにより、フッ素化強酸を用いずに必要な触媒活性を確保する方式(Ichikawa et al., J. Photopolym. Sci. Technol., 2021)
  3. 非化学増幅型レジストへの回帰:金属酸化物レジスト(MOR)に代表される、PAGそのものを必要としない設計思想(Inpria/JSR, SPIE Advanced Lithography各年)
  4. ポリマー側鎖・添加剤からのフッ素排除:PAG以外のフッ素含有成分(界面活性剤、トップコート等)の置換(IMEC, SEMICON Europa Technical Sessions, 2023-2024)

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