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ナフサ危機で迫る「レジスト供給途絶」――世界の半導体工場を停止させる、もう一つの臨界点湯之上隆のナノフォーカス(91) He/ナフサ供給危機と半導体(3)(1/6 ページ)

中東情勢に伴うナフサ供給危機の影響は、フォトレジストにも及ぶ。それは「世界の半導体工場を停止させる臨界点」になり得るほど、多大なものだ。本稿では、主にリソグラフィ専門家に向けて、フォトレジストにおける「ナフサ供給危機」のリスクを詳細に解説する。さらに、リソグラフィ専門家に対する対策の提言と、政府・業界団体に対する提言をまとめる。

» 2026年04月28日 14時15分 公開


はじめに

 ※本稿は、主にリソグラフィ専門家に向けた内容となります。フォトレジストについて詳細な内容を含みます。

 前2稿(90-190-2)では、ヘリウム(He)供給途絶とナフサ/PFAS危機が、半導体製造装置の「気相プロセス」と「装置部材」を、それぞれ別の経路から崩しにかかっている構造を論じた。図1に示したように、Heは成膜・リソグラフィ・エッチングなどの気相プロセスを直撃し、ナフサ由来のシール材・潤滑剤・配管材は前工程の全装置に組み込まれている。

図1 前工程のどこにHeが使われ、ナフサ由来の部品・材料があるか 図1 前工程のどこにHeが使われ、ナフサ由来の部品・材料があるか[クリックで拡大]

 しかし、本稿執筆中に筆者は、図1の中にもう一つの重大な臨界点が潜んでいることに気づいた。図1の左下、「ナフサ由来の原材料使用――フォトレジスト、IPAなど」と記した領域である。ここに記されたフォトレジストこそ、本稿が論じる主題である。

 フォトレジストは、装置部材(FFKM、PFPE、PFAなど)とは決定的に性格が異なる。装置部材が「装置の周辺で消費される」のに対し、フォトレジストはウエハー1枚ごとに、リソグラフィ工程で必ず消費される基幹材料である。図1の中央、「リソグラフィ」のボックスの上で「即死」と「一部即死」の文字に挟まれた位置――ここが、フォトレジストが供給途絶した瞬間に半導体製造が物理的に停止するポイントである。

 さらに重要なのは、フォトレジストがナフサ危機とPFAS危機が「分子レベル」で交差する唯一の特異点だという事実である。ベースポリマーも溶剤もナフサ由来、感光剤(PAG)の対アニオンはPFAS――この二重の依存は、装置部材の単一依存をはるかに超える脆弱性を生む。そして、フォトレジストの供給途絶は、先端/成熟、ロジック/メモリの別なく、世界中のあらゆる半導体工場のリソグラフィ工程を物理的に停止させる。

 本稿では、図1では一行で済まされていたこの「フォトレジスト」という素材を分子レベルまで分解し、リソグラフィの専門家に向けてその構造的脆弱性を論じる。

 本稿の主なターゲット読者であるリソグラフィの専門家は、自社・自部門で、必要なレジストが確保できるかどうかを確認することを強く勧める。確保できなければ、あなたの工場はレジストが枯渇した瞬間に稼働停止になるだろう。

プロローグ:なぜ今、フォトレジストを論じるのか

 前稿(90-1)の末尾で、筆者は「フォトレジストに関する別稿予告」として最小限の警告を記した。フォトレジストを独立した一稿で論じる理由は3つある。

 第一に、フォトレジストは半導体プロセスにおいて、ナフサ危機(炭化水素系原料の枯渇)とPFAS危機(フッ素系化合物の規制)の両方が、同一の分子内で交差する唯一の素材である。ベースポリマーも溶剤もナフサ由来、PAG(光酸発生剤)の対アニオンはPFAS――この二重の依存は、装置部材(FFKM、PFA、PFPE)の単一依存とは性格を異にする。

 第二に、フォトレジストはi線、KrF、ArF、ArF液浸、EUVのいずれの世代でも、リソグラフィ工程で必ず使われる。装置部材の途絶であれば、保守を遅らせれば数カ月は持ちこたえられるかもしれない。しかし、フォトレジストはウエハー1枚ごとに消費される。在庫が尽きた瞬間、全てのリソグラフィ工程が停止する。

 第三に、フォトレジストは日本企業が世界シェア90%超を握る(EUVレジストに至ってはほぼ100%と推定している)。これは日本の強みであると同時に、日本がこの問題の当事者として最も深刻な責任と機会を負うことを意味する。

 筆者は前2稿で、「装置は動くがプロセスが成立しない」という新しい停止形態を論じた。フォトレジストの問題は、その先にある。フォトレジストが届かなければ、装置は動いていても、ウエハーに回路パターンが描けない。これは「プロセス不成立」を超えて、「プロセスそのものが開始できない」段階の停止である。

第1章:フォトレジストの分子構成――ナフサ依存の全景

1.1 フォトレジストとは何か

フォトレジストは、以下の四つの主要成分から構成される(Dammel, 1993; Ito, 2005)。

  1. ベースポリマー(樹脂):膜形成主体
  2. 感光剤(PAG/DNQ):露光により酸または極性変化を発生
  3. 溶剤(キャスティングソルベント):塗布性とフィルム形成の制御
  4. 添加剤:クエンチャー(塩基性化合物)、界面活性剤、架橋剤等

 これら全てが、ナフサクラッカーを起点とする石油化学製品の系譜に属する。以下、世代ごとに見ていく。

1.2 ベースポリマーのナフサ依存

 ベースポリマーは世代によって異なる(図2)。そして、各モノマーの製造経路をたどると全て、ナフサクラッカーに帰着する。

図2 フォトレジストの世代別分子構成 図2 フォトレジストの世代別分子構成[クリックで拡大]
  1. スチレン:ベンゼン+エチレン → エチルベンゼン → 脱水素。ベンゼンはナフサの接触改質またはスチームクラッカーの副生成物(S&P Global "Chemical Economics Handbook: Styrene"; "Benzene")
  2. メタクリル酸メチル(MMA)等:プロピレンを出発点とするACH法または直接酸化法。プロピレンはナフサクラッカーの主要オレフィン
  3. 脂環式モノマー(アダマンチル、ノルボルニル系):シクロペンタジエン(ナフサクラッカーC5留分)やイソブチレン等のナフサ誘導体から多段合成(K. Nozaki, J. Photopolym. Sci. Technol. 23, 795, 2010)

 特にArF/EUV用の脂環式モノマーは、高純度・低金属不純物(ppbオーダー)要求が極めて厳しく、半導体グレード専用の合成・精製ラインを必要とする。汎用品からの切り替えには認定だけで1〜2年を要する。

1.3 溶剤のナフサ依存

 キャスティングソルベントは、PGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)が事実上の業界標準である。これに乳酸エチル、シクロヘキサノン等が補助的に用いられる。

  1. PGMEA:プロピレン由来のプロピレンオキサイドを経由して製造。プロピレンはナフサクラッカー由来
  2. シクロヘキサノン:ベンゼン → シクロヘキサン → 酸化の経路で製造。出発点はベンゼン
  3. 乳酸エチル:エタノール+乳酸。半導体グレードの多くは石油化学由来エタノールから合成

 半導体グレードのPGMEAは、金属不純物がppbオーダー以下、水分・過酸化物の厳格管理が求められる。汎用グレードのPGMEAでは絶対に代替できない。これは前稿で論じたPFAの「半導体グレード認定品問題」と完全に同型の構造である。

1.4 PAGの分子骨格もナフサ由来

 化学増幅型レジスト(CAR)の心臓部であるPAG(Photo Acid Generator)は、典型的にスルホニウム塩またはヨードニウム塩である。そのカチオン部はトリフェニルスルホニウム等の芳香族化合物であり、起点は再びベンゼンである(Crivello, J. Polym. Sci. A, 37, 4241, 1999)。

 つまりフォトレジストは、ベースポリマー、溶剤、PAGカチオン骨格の全てが、ナフサクラッカーを起点とする特殊化学品の多段合成によって成り立っている。ナフサクラッカーの稼働、基幹モノマーの供給、特殊モノマーの合成能力、半導体グレード精製能力――そのいずれが欠けても、フォトレジストは製造できない。

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