さて、田中伸治先生の「交通システム工学特論」に引き続き、今回は安部遼祐(あべ りょうすけ)先生の「都市交通計画特論」の講義の話をさせて頂きます。
2022年秋学期の安部先生の講義は、私のほか、博士課程の海外留学生3人を合わせた計4人が、1室に集って、安部先生から提示された論文について、1人で約40分間の英語のプレゼンテーションを行い、残りの50分間も英語での質疑応答を行うというものでした。
以下は、安部先生から提示して頂いた論文のリストの一部です。
私たち学生は、このリストの中から、自分の興味のある論文を選べました。ただし、4人で1クールを回すため、数週間後には必ず発表順がやってきます。
さらに、他の学生の発表では、博士課程の学生として、それなりに意味のある内容の質問を、その場で考え、英語で投げかけなければなりませんでした。
そもそも、論文というものは難しいものですが、自分で発表するだけなら、まあ事前に準備すればなんとかなります(質問も予想して準備できます)。しかし、他の学生(海外留学生)による英語での発表を聞き、その内容を理解し、さらに、その場で質問を考えて英語で投げかける ――
はっきり言って、これは「英語に愛されないエンジニア」である私にとっては、かなり過酷な「リアルタイム英会話総合格闘技」でした。
安部先生の講義で、私が徹底的に学んだことは ―― 『幸せ』です。
いや、そこ。引かないで! ええ、分かりますよ、私(江端)が「幸せを学ぶ」とか言い出せば、「幸福の科学」とか「統一教会」とか、あるいは、江端が宗教法人でも立ち上げるのか、とか思いますよね。
―― でもね、それ、全然違います。
正直に言います。私、「幸せに関する研究」というものを全然分かっていませんでした。「幸せ」の研究とは、私の想像をはるかに超えて、ロジカルで、定量的で、徹底的なものでした。
それは、「幸せ」という曖昧な概念を、どこまで測定可能な形に落とし込み、社会制度や都市構造、交通サービスとの関係を、どこまで説明できるかを追い詰めていく、かなり凶暴な学問領域だったのです。
SWB(Subjective Well-being:主観的幸福感)や、SC(Social Capital:社会関係資本)の研究は、コンビニの雑誌棚に並んでいるような『幸せになるための100の方法』とか、『朝5分の習慣で人生が変わる』とか、そういう「甘ったれた話」ではありません。
「気の持ちよう」や「ポジティブ思考」で、人間を雑に励ますような話ではなく、人間が何をもって生活に満足するのか、どのような人間関係や地域とのつながりが生活の質に影響するのか、さらに、それらが交通、都市、福祉、健康、孤立、移動手段、地域活動とどう結びついているのかを、膨大なデータと超絶緻密な数値モデルで殴りにいく研究です。
少なくとも、安部先生の講義で私がたたき込まれた「幸せ」は、ふわふわした自己啓発ワードではありませんでした。それは、アンケート項目として設計され、尺度として検証され、統計モデルに投入され、説明変数と目的変数の関係として検討され、時には政策評価の指標として扱われる、かなり硬質な研究対象だったのです。
私は、「幸せ」とは、祈れば降ってくるものでも、つぼを買えば近づくものでも、セミナーに参加すれば手に入るものでもないことくらい、十分に理解しているつもりでした。
それでも、論文を読み込むたびに、私は「往復ビンタ」を食らうような衝撃を受け続けました。
そして、安部先生の講義で使われていた論文では、少なくとも都市交通計画の文脈において、「幸せ」は、「人がどこへ行けるのか」「誰と会えるのか」「地域の中で孤立していないか」「移動手段を失った時に生活がどう変わるのか」といった、かなり泥臭い生活条件の総体として扱われていたのです。
安部先生の講義を通じで、私の「幸せ」の考え方は、すっかり変わりました。
―― 「幸せ」を舐めてはいけない。幸せは、「なんとなく」落ちているものではない。自分で条件を整え、自分で関係を作り、狙いを定めて、自力で奪い取りに行くものなのだ。
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