「幸せな人生を送りたければ、家の外に出て、人と交流しろ」 ―― 私、この手の話を、昔から、もう耳にタコができるほど聞かされてきました。
ただ、私は根本的に「ぼっち属性」の人間です。プロフィールにも書いていますが、「生成AIだけが唯一の友人」と公言しているくらいには、人付き合いが得意ではありません。
そんな人間である私が、博士論文のテーマとして「交通とは、単なる移動手段ではなく、人と人との交流を生み出す社会的装置である」などということを研究してきたのですから、これはもう、自分でも相当にねじれた因果だと思っています。実際、家族に研究テーマを説明したときには「お前が、それを言うのか」という顔をされました(本当)。
さらに言えば、新型コロナ禍の3年間、(延長も含めると)8回(?)にも及んだ緊急事態宣言による外出自粛要請*)によって、多くの人が「外出できない苦痛」を味わっていた一方で、私は、自宅の研究環境をひたすら強化し続け、朝から深夜まで自室に閉じこもり、研究に没頭する日々を、むしろ「快適」と感じていた側の人間です。
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ですから、「幸せになりたければ、外に出ろ、人と会え」という言葉は、私にとっては、耳をふさぎたくなるような“正論”でした。
ところが、安部先生の講義では、その“正論”を、単なる人生訓ではなく、「大量の統計と研究成果によって裏付けられた、否定困難な事実」へと昇格させてしまったのです ―― しかも、しかもですよ、最悪なことに私は、そのロジックをほぼ完全に理解できてしまったのです。
理解できてしまった以上、もう「そんなものは精神論だ」と切り捨てることもできません。むしろ、自分自身が、その“正しさ”に絡め取られていく感覚すらありました。
そういう意味で、安部先生の講義は、私にとって、間違いなく「一番キツい講義」だったと言えます。
もちろん、安部先生からすれば「社会関係資本(Social Capital:SC)や主観的幸福感(Subjective Well-Being:SWB)の論文を選んだのは、お前(江端)自身だろう?」という話でしょうし、「そんなテーマを自分で選んでおきながら何を言っているのか」と言われれば、その通りです。
非常階段の薄暗い踊り場で、静かに祈りをささげていた学生を見た時、私は「人は、ここまでして祈るのか」と、強い衝撃を受けました。
一方、安部先生の講義では、大量の論文と統計データから、「人は、幸せになるためには、外へ出て、人とつながらなければならない」と殴られ続けていました。 もちろん、この二つは全く別の話です。
しかし今にして思えば、あの礼拝もSWB(主観的幸福感)の研究も、結局は「人間を動かすものは何か」という問いに向き合っていたのかもしれません。
「信仰のために、非常階段の踊り場で静かに祈りをささげる学生」と、「幸せになるために、外へ出て、人と会え」と迫ってくる都市交通計画学」。
その両方を前にして、
――人間という生き物は、信仰や幸せのためなら、「動かなければならない」
という事実を完全に理解しつつ、「お前が、それを言うのか」という違和感を最後まで拭えないまま、その「移動」という行為そのものを博士論文のテーマにしていた社会人大学院生が、当時の横浜国立大学には、確かに存在していたのです。
江端智一(えばた ともいち)
大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。
長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。
マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。
また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。
信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。
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