1968年にRobert Noyce氏とGordon Moore氏がIntelを設立した際、同社が重点的に注力していたのは半導体メモリだった。当時はメモリチップが高価で、製造が難しく、磁気コアメモリが優勢だったからだ。そうした中、Intelはメモリの高速化、小型化、低価格化を目指した。
Intelは1969年に最初の商用SRAM「Intel 3101」、その後1970年に最初の商用DRAM「Intel 1103」をそれぞれ発売した。DRAMは商業的に大きな成功を収め、Intelはメモリチップ大手へと成長した。
しかし、1980年代初め、NECや日立製作所、富士通といった日本企業が米国企業より最大40%も高い歩留まりでチップを生産できる製造体制を確立した。さらに、製造コストも米国の半導体メーカーでは太刀打ちできないほど低かった。
より安価で歩留まりの高い日本メーカーのメモリチップによって多大な損失を被ったIntelは、1985年にDRAM事業から撤退し、「x86」に軸足を移すことを余儀なくされた。その後1990年代後半には、IntelはRambusとの協業によって、「Pentium 4」向けのRDRAMを推進するためにメモリ事業に再参入した。だが、RDRAMはコストが高く、レイテンシも大きかったので、市場ではDDR RAMが支持された。結果として、Intelは2001年にその取り組みを断念した。
2012年、IntelはMicron Technology(以下、Micron)と共に、新しい不揮発メモリとして「Optane」の開発に着手した。3D XPoint技術をベースとするOptaneは2017年に市場投入されたが、HBMや多層3次元(3D)積層メモリなどの競合技術の方が安価で、将来性も高かった。その結果、Optaneは期待された成功を収められず、Intelは2022年に同事業を終了した。
IntelはMicronと協業し、3D NANDフラッシュ技術にも進出した。だが、市場での普及が進まず、多大な損失を被ったことから、2020年には90億米ドルでSK hynixにNAND事業を売却した。
Redditのある投稿には「メモリ事業から撤退するには、文字通り考え得る限り最悪のタイミングだった。いかにもIntelらしい」とある。別の投稿はさらに手厳しく、「Intelが市場への参入を決めるときには、いつもその市場は既にピークに達している。撤退するときには、いつも市場が成長し始めたばかりだ」と指摘している。さらに「『役員室』発のイノベーションだ」と評した投稿もあった。
一方、あるフォーラムの参加者は、IntelのDRAM事業が1980年代に収益を上げられなかったことで、同社はプロセッサ「Intel 386」の成功に賭けたと指摘した。その上で、この参加者は「その判断は正しかった。その後Intelは大きく成長したからだ」と述べた。結局のところ、この判断には功罪の両面があったということだ。
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