何の変哲もない網状の金属パターンをアンテナと組み合わせて、アンテナの薄型化を図ったり、利得や指向性といった特性を高めたりする――そんな研究・開発が進められている。
何の変哲もない網状の金属パターンをアンテナと組み合わせて、アンテナの薄型化を図ったり、利得や指向性といった特性を高めたりする――そんな研究・開発が進められている。この「EBG(Electromagnetic Band Gap)」と呼ぶ興味深い構造を実用化する兆しが、最近になって現われてきた。基礎技術が確立してきたことが背景にある。
EBGとは、対象とする電磁波の波長よりも小さい周期構造を、例えば金属材料で形成するもので、「メタマテリアル(meta-material)」という人工媒質の1種類だ(これを「EBG構造」と呼ぶ)(図1)。EBG構造とはそもそも、半導体工学(または固体物性学)のエネルギ・バンド理論を、マイクロ波やミリ波といった電磁波領域に適用したものである。例えば、原子が周期的に並ぶ半導体では電子が持つエネルギ量ごとに、その材料(結晶)内に存在できるかできないかが決まる。
マイクロ波やミリ波といった電磁波でも同様で、金属材料で周期構造(EBG構造)を形成すると、周波数に応じて電磁波がその構造の中に存在できなくなったり存在できたりするので、遮断したり透過させたりできる。
1990年代後半には米UCLAの教授である伊藤龍男氏の研究グループが、実用に近い形でEBG構造を試作した。プリント基板の設計・製造を手掛けるオーケープリントのニューテクノロジ開発営業推進室でマネージャーを務める寺田正一氏は、「EBG構造を作り込んだ基板の試作依頼が2年前の2006年ころから舞い込むようになった。それまで、EBG構造の試作依頼は全くなかったのに」と説明する。また、「EBG構造の基礎技術はほぼ確立している。これを実際の機器に採用する、しないに関しては、必要なコストと得られるメリットを比較して検討している段階だろう」(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 宇宙情報・エネルギー工学研究系で教授を務める川崎繁男氏)という意見や、「(実用化に向けた)具体的な提案はいくつかあり、限定した用途であればそろそろ使われていいタイミング(時期)ではないか」(東北大学大学院工学研究科 電気・通信工学専攻で教授を務める澤谷邦男氏)といった指摘がある。
EBG構造を活用することで得られるメリットは、以下の4つに大別できる。1つ目はアンテナの薄型化。2つ目はアンテナの放射効率や指向性の向上である。アンテナの不要放射を抑制することで実現する。残る2つは、高速にスイッチングするシステムLSIを実装したプリント基板において電源プレーンやグラウンド・プレーンを伝わる雑音(電源系雑音)の抑制と、伝送線路間の相互干渉の抑制である。
これら4つのうち、実用化時期が最も早そうなのは、アンテナの薄型化のメリットを活かした取り組みだ。アンテナの薄型化に対する市場要求は高いにも関わらず、実現手法がそれほど多くないためである。「所望の特性が得られてコストが見合えば、急速に普及する可能性がある」(オーケープリントの寺田氏)と説明する。
アンテナにEBG構造を組み合わせると薄型化が図れる理由は、反射波の位相を変えられることにある(図2)。一般にアンテナは、放射素子だけではなく、グラウンド(地板)素子を組み合わせて動作させる。このとき、高いアンテナ特性(例えば、放射効率や利得)を得るには、放射素子とグラウンド素子の間隔、すなわちアンテナの厚みhの設定が非常に重要になる。具体的には、グラウンド素子の材料を完全導体と仮定すると、最も高いアンテナ特性が得られる条件は、hがλ/4(λは放射させる電磁波の波長)であることが分かっている。これは、完全導体であるグラウンド素子に入射した電磁波と、その反射波の位相が180度ずれることに起因する。hをλ/4に設定すれば、グラウンド素子で反射した電磁波と、反射せずに空間に放射する電磁波の位相が、放射素子の位置で同相になり互いに強め合う。
従って、高いアンテナ特性を得るには、厚みhをλ/4に設定するという制約が生まれる*1)。しかし、ここでEBG構造をグラウンド素子の替わりに使えば、この制約から逃れられる。対象とする周波数に合わせて周期構造をうまく作れば、EBG構造に入射する電磁波と反射する電磁波の位相が同相になるからだ*2)。位相が同じであれば、厚みをλ/4にしなくても、EBG構造で反射した電磁波と、反射せずに空間に放射する電磁波が強め合うことになる。従って、放射効率をそのままに薄型化が図れる。
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