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高周波の非線形特性を高精度に解析、新概念の「Xパラメータ」で実現無線通信技術(4/5 ページ)

» 2009年02月24日 15時31分 公開
[阿部貢, 蓑和浩,アジレント・テクノロジー]

 ここからは、Xパラメータを測定によって実際に作成する方法と、Xパラメータに基づく非線形領域のビヘイビア・モデルを高周波回路のコンピュータ・シミュレーションに活用する方法について解説する。

Xパラメータの作成方法

 Xパラメータは、本稿の前半でも触れた通り、専用機能をオプションで搭載したベクトル・ネットワーク・アナライザを使って測定することで得られる。

 一般的なベクトル・ネットワーク・アナライザは、被測定物である素子の入出力間の振幅と位相の関係を、基本波に対してだけしかパラメータ化できない。素子の非線形性によって高調波が発生しても、そうした高調波に対するパラメータは取得できないのである。従って、基本波のみのパラメータであるSパラメータは測定できるが、高調波のパラメータを含み、非線形動作状態を表現するXパラメータは測定できない。

 そこで当社(アジレント・テクノロジー)は、既存のベクトル・ネットワーク・アナライザにXパラメータ測定機能を追加するオプションを用意した。このオプションを使えば、非線形領域での基本波と高調波の振幅・位相関係を含めた特性を測定できるようになる。従って、このオプション搭載機を中核とした非線形特性測定システムを「非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザ(NVNA:Nonlinear Vector Network Analyzer)」と呼ぶ。

 具体的には、既存のベクトル・ネットワーク・アナライザ「PNA-X」の4ポート機に、オプションとしてXパラメータ測定機能を搭載する。このオプションは、Xパラメータの測定機能を実現するファームウエアのほか、「コム・ジェネレータ」と呼ぶ新開発の外付けモジュールからなる(図1)。

図1 図1 非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザの構成 ベクトル・ネットワーク・アナライザ「PNA-X」に、ベクトル校正用の既存の電子校正モジュールと、位相校正と位相測定の基準となる「コム・ジェネレータ」と呼ぶ新開発のモジュールを組み合わせた。このほかPNA-Xには、Xパラメータ測定機能を実現するファームウエアを搭載する。

 コム・ジェネレータは、測定前の校正工程において基本波と高調波の位相関係を校正するほか、Xパラメータ測定時にベクトル・ネットワーク・アナライザに対して位相基準情報を提供する役割を果たす(下記の別掲記事「位相校正と位相測定の基準モジュールを開発」を参照)。この結果、ベクトル・ネットワーク・アナライザは、被測定物の素子に入出力する基本波と高調波の位相関係を把握し、Xパラメータを測定できる仕組みである。

 非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザの実際のシステム構成は、Xパラメータ測定ソフトウエアを搭載したPNA-Xの4ポート機と、位相校正用と位相基準用に使う同じコム・ジェネレータを合計2個のほか、コム・ジェネレータを駆動する信号源(アナログ信号発生器)、ベクトル校正用校正キットまたは電子式校正モジュール、さらに振幅校正に向けたパワー・メーター(パワー・センサー)を組み合わせる。

ベクトルと振幅に加えて位相も校正

 それでは、実際の測定手順を説明しよう。大きく校正作業と測定作業の2つに分けられる。

 まずは校正作業である。非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザでも、通常のベクトル・ネットワーク・アナライザと同様に、測定前に校正を実施する必要がある。違いは、通常のベクトル校正と振幅校正に加えて、高調波の測定に向けた位相校正が必要になることだ。具体的には、以下の3つのステップを実行することで、高調波も校正する。

ステップ1:ベクトル校正

通常のベクトル・ネットワーク・アナライザのベクトル校正と同様に、ベクトル・ネットワーク・アナライザ内部の信号と測定経路の特性をベクトル誤差補正する。これにより、校正キットが接続された部分(通常はテスト・ケーブル端)が測定の基準面となる。

ステップ2:位相校正

被測定物を接続するテスト・ポート端に、校正用のコム・ジェネレータを接続し、基本波と各高調波の位相関係を校正する。

ステップ3:振幅校正

通常のベクトル・ネットワーク・アナライザの振幅校正と同じく、パワー・メーターを信号印加側のテスト・ポート端に接続し、ベクトル・ネットワーク・アナライザで設定した振幅レベルが、テスト・ポート端できちんと出力される(被測定物に印加される)ように補正する。

高調波の位相と振幅を測定

 こうして校正が完了したら、測定作業に移る。テスト・ポートから校正用のコム・ジェネレータを取り外し、被測定物の素子を接続する。この測定作業も3ステップに分けられる(図2)。実際には、いずれも測定システムが自動的に実行するため、ユーザーは各ステップを意識する必要はない。非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザに測定開始を指示すれば、自動的に測定が進み、結果が得られる仕組みだ。以下に2ポート素子を測定する流れを示す。

図2 図2 Xパラメータの測定順序 3つのステップでXパラメータを取得する。

ステップ1:基本波によって生じる高調波を測定する

被測定物に、その素子を非線形状態にするのに十分なレベル(電力)の基本波信号(ドライブ・トーン)を印加する。この状態で、ポート1に入力される信号(A1)とポート1から出力される信号(B1)、ポート2に入力される信号(A2)とポート2から出力される信号(B2)それぞれについて、基本波と高調波の振幅および位相を測定する。

ステップ2:基本波と高調波の相互関係から生じる高調波を測定する(その1)

ステップ1のドライブ・トーンを印加した状態のまま、被測定物の非線形状態における振る舞いを測定するための微小レベルの信号(「プローブ・トーン」と呼ぶ)を印加し、ステップ1と同様に各ポートの入出力信号それぞれについて、基本波と高調波の振幅および位相を測定する。

ステップ3:基本波と高調波の相互関係から生じる高調波を測定する(その2)

引き続きドライブ・トーンを印加した状態で、プローブ・トーンの位相をステップ2から90度ずらす。そして、ステップ2と同様に各ポートの入出力信号それぞれについて、基本波と高調波の振幅および位相を測定する。

 以上の3ステップの測定を、ドライブ・トーンのレベルや直流(DC)バイアスの条件を必要に応じて変更しながら繰り返す。ステップ2およびステップ3の2つの測定により、本稿の前半の式(2)で示したXパラメータの数式中のS項(X(S))とT項(X(T))を求めるために必要な情報を取得できる。F項(X(F))についてはステップ1の結果から求められるため、F項とS項、T項のすべてが求まり、Xパラメータを生成できる。

Xパラメータ測定時の注意点

 Xパラメータを測定する際には、被測定物のおおよその特性をあらかじめ把握しておく必要がある。被測定物の特性を線形領域から非線形領域にわたって確実に測定できるように、ドライブ・トーンのレベル掃引範囲を適切に設定するためだ。

 極端な例だが、線形動作領域だけしか測定しなければ、そのXパラメータから作成したビヘイビア・モデルは高周波回路シミュレータ上で高調波(歪み)を出力しない。つまり、実際の素子とは振る舞いが大きく異なってしまう。これでは、非線形動作をシミュレータで正しく評価することは不可能である。これはXパラメータに基づくビヘイビア・モデルに限らず、何らかの測定に基づくビヘイビア・モデルについては、一般に同じことが言える。

 なお、非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザは、被測定物のXパラメータを取得して電子ファイルとして出力するほか、被測定物の各ポートにおける入力信号と出力信号を、周波数領域や時間領域、電力領域で表示する機能も備えている。これらのうち時間領域での表示は、特に非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザならではの機能だといえる。基本波と高調波について振幅関係のみならず位相関係も正確に把握していなければ実現できないからだ。

 これらの表示機能を使えば、例えば被測定物がある動作条件において非線形特性の仕様を満たさないといった不具合が生じた際に、その要因を詳細に調べて、回路設計の最適化に活用できる。非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザが測定したすべての信号について、それぞれの絶対振幅のほか、基本波・高調波の相対位相の情報を確認できるからである。

HOTS22とは異なる

 素子の非線形状態の特性を評価するパラメータとしては、Xパラメータ以外にも、従来から「HOTS22」が使われている。ただしこれには、Xパラメータとは決定的に異なる点がある。すなわちHOTS22は、ドライブ・トーンと、負荷のインピーダンス不整合によって反射し、素子に印加される信号とを識別できないのである。以下に詳しく説明しよう。

 HOTS22もXパラメータと同様に、ベクトル・ネットワーク・アナライザを使い、被測定物にドライブ・トーンを与えて非線形状態にした上で、ポート2側からプローブ・トーンを印加して反射特性を測定する。ところが、ポート2側から印加するプローブ・トーンの周波数と、ポート1側から入力するドライブ・トーンの周波数が同じ場合、HOTS22の測定では原理的にプローブ・トーンをドライブ・トーンと区別できない。

 このため実際のHOTS22測定では、プローブ・トーンの周波数を若干ずらして印加する。こうすれば、プローブ・トーンの振る舞いをドライブ・トーンと区別して測定可能だ。ただしこの手法は完全ではない。被測定物である素子を実際に回路に組み込んで使う場合は、素子の出力側(ポート2側)に接続した負荷のインピーダンス不整合によって生じた反射信号が、素子に印加される可能性がある。これは、ドライブ・トーンとプローブ・トーンの周波数が完全に一致した状態だといえる。HOTS22測定ではこうした条件における素子の振る舞いを正しく測定できない。なぜなら前述の通り、HOTS22測定ではプローブ・トーンの周波数をずらして測定するからである。

 これに対しXパラメータは、ドライブ・トーンとプローブ・トーンの位相関係を把握している。つまり、それぞれの信号をベクトルとして認識できるため、周波数が同じでも各信号を区別可能だ。従って、負荷インピーダンスの不整合などで生じる反射信号の振る舞いも把握できる。これがHOTS22との決定的な違いである。

位相校正と位相測定の基準モジュールを開発

 非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザにおいて、校正時および測定時の位相基準信号源として機能する外付けモジュール「コム・ジェネレータ」を新たに開発した。このモジュールは、アナログ信号発生器の出力信号を入力として、広い周波数帯域にわたって位相関係が一定の信号を出力する。すなわち図A-1のように、出力信号が「くし(comb、コム)」状になるわけだ。

図A-1 図A-1 コム・ジェネレータの出力信号 コム・ジェネレータは、広い周波数帯域幅にわたって、位相関係が一定で(周波数が変化しても位相が変化しない)、振幅がほぼ一定の信号を出力し、位相基準として機能するモジュールである。

 非線形ベクトル・ネットワーク・アナライザでは、校正と測定で合わせて2個のコム・ジェネレータを使う。そのうち1つは、校正時・測定時に、ベクトル・ネットワーク・アナライザが内蔵する複数の受信機のうち位相基準として利用する受信機に対して、位相の基準信号を常に供給する。このため位相基準用の受信機につながった測定ポートに常時接続しておく(図A-2)。

図A-2 図A-2 コム・ジェネレータの接続方法 2つのコム・ジェネレータのうち、1つは校正時と測定時にベクトル・ネットワーク・アナライザに位相基準信号を供給する役割を担う。もう1つは校正時にのみ使用し、位相校正の基準信号の役割を果たす。

 もう1つは、校正時にのみ使う。校正の際に、測定時に被測定物を実際に接続することになるケーブル端(校正面)に接続する。この状態でコム・ジェネレータの出力信号を利用して、位相基準用の受信機の位相と、被測定物の信号を実際に測定する受信機の位相のずれを検出して補正するわけだ。この校正によって、被測定物を実際に接続するケーブル端における、位相基準用の受信機で測定される位相に対する相対的な位相をそろえられる。その結果、被測定物の基本波と高調波の位相関係を正確に測定することが可能になる。


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