オーディオ信号のデジタル信号処理を担当するDSPは、従来から薄型テレビで広く活用されてきた(図1)。
用途は複数ある。まず符号化されたデジタル・オーディオ信号の復号(デコード)処理で使われている。さらに、例えば「スポーツ」、「ミュージック・ホール」、「シネマ」、「ニュース」といったように、映像コンテンツに合わせて視聴者が設定可能な音響効果モードを用意したり、テレビに内蔵した2つまたは3つ程度のスピーカを使いながら、広がりを持った音を聞かせるための音響効果処理に使われたりしている。
このような、音質を高めることを主眼に置いた音響処理に加えて、最近では、第1部で紹介したようなスピーカの不均一な周波数特性や、低音を再生できないこと、音の定位がはっきりしないことなど、スピーカの薄型化や不自然な配置に起因した課題を解決することが強く求められている。課題の解決に向けては、SRS Labs社やDolby Laboratories社、米BBE Sound社などがオーディオ処理アルゴリズムを用意しているほか、オーディオ関連
部品を手掛ける半導体ベンダー各社が独自に開発した対策機能を提供している。
薄型テレビではオーディオ処理用DSPの選択肢が複数あり、映像処理プロセッサと統合された「AVプロセッサ」のほか、単体のDSPや、DSPが搭載されたD級アンプICなどがある。単体のオーディオ処理用DSPは、処理性能や内蔵メモリー量が異なる数多くの品種が製品化されている。処理内容についても、あらかじめ機能が固定されていて設計者がパラメータのみを調整するものと、設計者が処理内容を自由に変えられるプログラマブル・タイプがある。D級アンプICに搭載されたDSPの処理性能は一般に単体のものより低く、機能はあらかじめ決まったものが多い。
スピーカの周波数特性の改善には、「パラメトリック・イコライザ(PEQ)」が活用されている。パラメトリック・イコライザとは、処理対象とする周波数帯域の幅(Q値) とその中心周波数、信号強度(振幅)を調整可能なデジタル・フィルタである。このデジタル・フィルタを複数組み合わせて、スピーカの特性をその周波数帯域にわたって均一に近づける(図2)。デジタル・フィルタを設計するには、フィルタ係数を設定する必要がある。半導体ベンダー各社は、GUIを使って容易にフィルタ係数を設定可能な設計支援ツールを用意している(図3)。
従来からスピーカの周波数特性の補正にはパラメトリック・イコライザが広く使われていたものの、「スピーカの薄型化に伴って、周波数特性の補正の需要が増えている」(新日本無線半導体販売事業部の第二商品企画部第一企画課の主任である川口昌志氏)という。新日本無線では、このような市場要求に応えることを目的に、音質補正に特化したオーディオ処理用DSPを製品化した。「FIR(Finite Impulse Response)フィルタ」を実装したことを特長とする。デジタル・フィルタを実現する手法には、IIR(Infinite Impulse Response)方式とFIR方式があり、それぞれ利点と欠点がある。FIR方式は処理負荷がIIR方式に比べて大きいという欠点はあるものの、スピーカの位相特性を制御しやすいという利点がある。
同氏が実際にテレビのスピーカを評価した際に驚いたことが2つあるという。1つは、テレビに組み込まれたスピーカの周波数特性が予想以上に悪かったこと。もう1つは、FIRフィルタで周波数を補正すると、「これだけの作業で、音の印象が大幅に変わる」(同氏)という点だという。「誰が聞いても、音質の向上を実感できるはず」(同氏)。
三菱電機では、独自の音質補正技術「DIATONE リニアフェイズ」を、FIRフィルタを使って開発した。「スピーカ・ユニットの特性やスピーカ開口部の形状による音質への悪影響を打ち消す音響信号を生成して、スピーカから再生する音を補正している」(三菱電機AV機器製造部設計グループの専任である川勝かがり氏)という。「薄型のスピーカであっても、音をはっきりと感じさせる効果が得られる」(同氏)。
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