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微細化の限界に挑む、Siと新材料の融合で新たな展望もプロセス技術(3/10 ページ)

» 2010年03月02日 00時00分 公開
[前川慎光,EE Times Japan]

幾何学的スケーリングの限界

 微細化は限界だと幾度となく言われてきたものの、半導体ベンダー各社はその限界を乗り越えてきた。しかし、2000 年代に入り、製造技術が90nm世代に突入するとスケーリング則に従った微細化が極端に難しくなってきた(図3)。

図 図3 幾何学的スケーリングに従った微細化の流れ 90nm世代以降、MOS FETの寸法をひたすら縮小する幾何学的スケーリングによる性能向上は難しくなってきた。現在では、ひずみSiやhigh-k/ 金属ゲートといった「テクノロジ・ブースタ」の力を借りて、微細化を進めている。

 ロジック回路を構成するMOS FETには、いくつかの評価項目がある。例えば、電流駆動能力が高く、オン時とオフ時のドレイン電流の差が大きい、低い駆動電圧で動作するといったものだ。微細化が進展するにつれて、これらの評価項目と密接に関連した、「短チャネル効果」と「消費電力(リーク電流)」、「オン電流(電流駆動能力)」という3つの項目を、同時に改善するのが難しくなってきたのである(図4)。

図 図4 トレードオフの関係が顕在化 MOS FETの性能に密接に関連する「短チャネル効果」と「消費電力」、「電流駆動能力」はトレードオフの関係にある。微細化を進め、どれかを改善しようとすると、ほかの2つが悪化し、バランスが崩れてしまう。

 短チャネル効果とは、MOS FETのゲート長を微細化したときに生じる現象である*2)。この現象によって、トランジスタのしきい値電圧(Vth)が小さくなって、「サブスレッショルド・リーク」と呼ぶ漏れ電流が増大し、トランジスタの性能を表す指標である「Sファクタ」*3)が大きくなるなどの悪影響を生む。

 短チャネル効果を防ぐには、基板の不純物濃度を高めることが有効だ。ところが、不純物濃度を高めることは、移動度の低下やリーク電流の増大を招く。オン電流(電流駆動能力)は、ソース端でのキャリア密度とキャリアの移動度の積で決まるため、移動度が低下すると、電流駆動能力が下がってしまう。

 スケーリング則に従ってゲート絶縁膜を薄くすることも難しくなってきた。ゲート絶縁膜を薄くすると静電容量が大きくなり、オン電流は増える*4)。ところが、絶縁膜が薄くなりすぎると、トンネル効果によってリーク電流が急激に増えてしまう。

 以上のように、3つの項目のうち1つを改善しようとするとほかの項目が劣化し、バランスが崩れてしまう。素子の寸法を縮小していくことで、MOS FETの性能を改善する「幾何学的スケーリング」だけでは、もはや性能の向上を見込めなくなったのである。

*2)チャネル長が短くなると、チャネル部のキャリアは、ゲート電圧だけではなく、ソースとドレインの空乏層の影響を受けてしまう。チャネル長が極端に短くなると、ソースとドレインの空乏層がつながってしまい、常時ドレイン電流が流れる。このような状態を「パンチスルー」と呼び、もはやゲート電圧によってドレイン電流を制御できなくなる。

*3)オン電流(ドレイン電流)が1けた増えるのに必要なゲート電圧で表す。Sファクタが小さくなるほど、サブスレッショルド・リーク電流が小さくなり、急峻(きゅうしゅん)な立ち上がり特性が得られる。

*4)ドレイン電流に寄与するキャリアの電荷をQとすると

「Q=CV」となる。Vはゲート電圧、Cはゲート絶縁膜の容量である。ゲート絶縁膜を薄くしてCを増やせば、オン電流(ドレイン電流)を高められる。


「テクノロジ・ブースタ」が必須に

 そこで現在、MOS FETの集積度を上げつつ性能を向上させるために、Si(シリコン)基板上にSi 以外の材料を使ったMOS FETを配置したり、MOS FETの構造をまったく新しくするなどの対策が進んでいる。

 もちろん、Si以外の材料を使った半導体製品は古くから存在する。例えば、基板にもFET 部にもGaAs(ガリウム・ヒ素)などの化合物を使った半導体は、Si材料を使ったものよりも高速に動作する。ただ、高価であるなどの欠点がある。最近では、Siを完全に排除するのではなく、Si基板を使い、これまでの製造技術や設計資産を最大限活用しながら、微細化をさらに推し進めようとする研究が盛んだ。Siをまったく使わない化合物半導体デバイスとは根本的に異なり、Si材料のロジック回路にSiとは異なる新材料を組み込む。

 Si材料を用いたMOS FETの性能を向上させ、微細化を押し進めるための新材料や新構造を「テクノロジ・ブースタ」と呼ぶ*5)。いくつもの提案があり、すでに製品への導入が進んでいる。複数のテクノロジ・ブースタを組み合わせて、微細化を極限まで推し進めようというのが業界の共通認識だ(図5)。

図 図5 テクノロジ・ブースタを続々導入 集積度を高めつつ、性能を向上させるため、さまざまなテクノロジ・ブースタの導入が進む。16nm世代または11nm世代では、Geチャネルにひずみ技術を組み合わせることも検討されている。

 すでに、ゲート絶縁膜に使う高誘電率(high-k)材料や、ひずみSi技術の導入が進んでいる。high-k材料を使えば、ゲート絶縁膜を薄くしても、電流駆動性能をそのままに維持し、短チャネル効果を抑えつつリーク電流を抑制できる。Intel 社は、high-k 材料を

45nm世代で初めて導入し、続く32nm世代にも採用した。「high-k 材料を採用した45nm世代は65nm世代に比べて、リーク電流が劇的に減った。p 型MOS FETなら1/1000、n型MOS FETでは1/25にまで減った」(同社)。

 また、ひずみSiは、Si 結晶をひずませることで、キャリアの移動度を高める技術である。移動度を高めることで、電流駆動能力が向上し、高速動作が可能になる。同社は、90nm世代の製造技術にひずみSi技術を初導入した。その後、45nm 世代と32nm 世代にも引き続き導入している。ひずみSiのように、キャリアの移動度を高める材料(高移動度チャネル)としては、SiGe( シリコン・ゲルマニウム)やGe( ゲルマニウム)、III-V 族化合物、C(炭素)のみからなるグラフェンが候補に挙がる(高移動度チャネルの現在の開発状況については、別掲記事「さらなる微細化には不可欠、次世代高移動度チャネル」と、「Intel社の担当者が語る、III-V族は2015年に実用化へ」を参照)。

*5)材料と構造のみならず、動作機構を刷新する研究開発もある。「finFETやSOI基板は、通常のMOS FETの極限を指向している。ただそれでも、抜本的には良くなるかというとそうでもない」(東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の准教授である竹内健氏)。トランジスタのスイッチング特性を示すSファクタは、材料や構造を変えたとしても、熱ゆらぎ「kT/q」に由来する値「60mV/dec」よりも下げられない。Sファクタを60mV/decよりも引き下げることを目的に、「インパクト・イオン化」や「トンネリング効果」、「ネガティブ・フィードバック」といった現象を使った、新たな動作原理のデバイスの研究開発も進んでいる。

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