メディア

「TransferJet」が普及の歩進める、乱立する近距離高速無線で存在感無線通信技術 TransferJet(1/3 ページ)

機器同士を接触させて、機器に格納された大容量データを高速に移動する・・・。このようなコンセプトを持つ高速無線通信技術「TransferJet」が、普及に向けた歩を着実に進めている。

» 2010年11月05日 00時00分 公開
[前川慎光,EE Times Japan]

 機器同士を接触させて、機器に格納された大容量データを高速に移動する・・・。このようなコンセプトを持つ高速無線通信技術「TransferJet」が、普及に向けた歩を着実に進めている。現在のところ、対応機器を製品化しているのは、「TransferJetコンソーシアム」を主導するソニーと、アイ・オー・データ機器だけだ。しかし、ここにきてほかの企業の製品化を促す下地が整ってきた。

 TransferJetとは、伝送距離が数cm、実効速度が最大375Mビット/秒に達する近距離の高速無線通信技術で、ソニーが2008年1月に発表した(採用した無線通信技術の概要は、別掲記事「UWB採用で高速伝送を実現」を参照)。

 TransferJet技術が想定しているのは、ノートPCやタブレットPC、デジタルカメラ、携帯電話機、スマートフォンといったモバイル機器間で大容量コンテンツを共有したり、モバイル機器に格納された映像や画像といったマルチメディアコンテンツを、デジタルテレビに移動して表示させるといった利用シーンである(図1)。KIOSK(キオスク)端末からマルチメディアコンテンツを高速にダウンロードするといった用途もある。

図 図1 ノートPCからスマートフォンにデータを短時間に移動  NTTドコモのデモの様子。TransferJetを使って、ノートPCのデータをスマートフォンに移動し、その後、携帯電話通信網を介してデータをサーバにアップロードするという利用シーンを想定している。ノートPCのキーボードの右下に、TransferJet通信用モジュールが実装してあり、そこにスマートフォンを置く。CEATEC JAPAN 2010に展示した。

ライバルは大きく3つ

 ただ、同様の利用シーンを狙う高速無線通信技術は、TransferJetだけではない。無線LAN(Wi-Fi)やBluetoothなども、伝送距離がおよそ10m以内の「PAN(Personal Area Network)領域」でのデータ伝送を対象にしている。

 無線LANはその名の通り、伝送距離がPANよりも長い「LAN(Local Area Network)」を対象にした無線通信技術に位置付けられているが、最近では近距離の機器間接続にも用途を広げつつある。例えば、無線LAN(Wi-Fi)の普及に取り組む業界団体「Wi-Fi Alliance」は、2010年10月に、機器間を直接接続する技術仕様「Wi-Fi Direct」の認証作業を始めた。さらに、無線LANの最新版「IEEE 802.11n」の次世代規格では、映像や音楽、画像といったマルチメディアコンテンツのやりとりを想定し、データ伝送速度をさらに高める。

 一方のBluetoothには、データ伝送速度を従来の最大2.1Mビット/秒から最大24Mビット/秒に高めた技術仕様「Bluetooth 3.0+HS」が用意されている。Bluetoothの規格策定を手掛ける「Bluetooth SIG」では、今後も高速化の取り組みを続ける方針である。「WirelessHD」や「Wireless Gigabit Alliance(WiGig)」といった、60GHz帯を利用した高速無線通信仕様を策定する業界団体も、デジタルテレビを代表としたデジタル家電とモバイル機器間のデータ伝送に強い興味を示している状況だ。

UWB採用で高速伝送を実現

 TransferJetの物理層(PHY層)での最大データ伝送速度は560Mビット/秒で、実効伝送速度は最大375Mビット/秒に達する。UWB(Ultra Wide Band)技術を使うことで高いデータ伝送速度を実現した。利用する周波数帯域の中心周波数は4.48GHzで、帯域幅は560MHzである。


 UWB技術では、世界各国で利用できる周波数帯域が異なることが問題になることがある。しかし、中心周波数が4.48GHzという各国で共通に使える周波数帯域に限って利用することで、各国のレギュレーション(法規制)の問題を回避した。


 1次変調には2相位相偏移変調(BPSK)、2次変調に直接シーケンススペクトラム拡散(DSSS)を採用している。データ伝送速度を高めるという観点では、DSSSよりも直交周波数分割多重方式(OFDM)を採用する方が有利である。ただ、OFDMを採用すると変調処理が複雑になってしまうため、DSSSというシンプルな変調方式を採用した。これによって、無線通信部の部品コストを抑えることを狙ったという。


 送信時の平均電力(実効等方放射電力)は−70dBm/MHz以下で、日本国内においては電波法で定める微弱無線局の規定に準拠している。干渉回避技術(DAA:detect and avoid)が不要な平均電力レベルである。


直感的な操作を追求

 上記のように複数の高速無線通信技術が、モバイル機器を中心に据えたマルチメディアコンテンツのやりとりに焦点を当てている。これらの無線通信技術の中で、TransferJetは独自の位置にいる。操作方法と、要素技術のそれぞれの観点で特徴的だ。

 まず、操作方法については、機器同士を接触することで大容量データを移動させるというコンセプトが、無線通信技術としては特異である。一般的な無線通信技術では、より遠くにデータを送ることを目指すのが一般的だ。そもそもの出発点として、無線を使う大きな利点が、一度に複数の機器に情報を伝えられることにあるからだ。伝送距離を伸ばせば、情報を伝えられる領域が増える。

 ところが、一般的な無線技術の目指す方向とは対照的に、TransferJetの伝送距離は、前述の通りわずか数cmである。モバイル機器を中心とした大容量コンテンツのやりとりをスムーズにすることを目指した結果、伝送距離を制限した無線通信技術にたどり着いたのだという。伝送距離を制限したため、複数の機器と情報をやりとりできるという無線技術の利点は享受できない。しかし、タッチして送るという直感的で分かりやすい使い勝手を実現できた。

 無線技術関連の展示会「ワイヤレス・テクノロジー・パーク 2010」(2010年5月13日〜14日にパシフィコ横浜で開催))の「家庭内ワイヤレスブロードバンド」と題した技術セミナーに登壇したソニーの岩崎潤氏*1)は、「あえて、飛ばない無線通信技術を開発した。伝送距離は3cm程度だと海外で説明すると、『そんなことはあるはずがない。3mの間違いではないか』と聞き返される」と体験談を語った。

 TransferJetを開発するに至ったそもそもの動機は、一般利用者に対して、既存の無線通信技術の使い勝手が高くないと考えたことにある。岩崎氏は、日常生活でありがちな場面として、次のような状況を挙げた。(1)会議室で電子データの資料を渡すとき、無線LANやBluetoothがノートPCに備わっているのにUSBメモリを使ってしまう…、(2)結婚式で撮影した写真を送るよと言われて後から送られてきたためしがない・・・、(3)年配の方は携帯電話機で写真を撮れるが、プリンタで印刷するとなるとハードルが高いといった現状である。「目の前にある機器や相手にデータを送りたい。そんな状況で、誰でも簡単に使える無線通信技術を目指した」(岩崎氏)。

*1. コンスーマプロダクツ&デバイスグループ TJ推進室で企画推進担当部長を務めている。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.