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» 2012年11月26日 09時00分 公開

「サンマとサバ」をファジィ推論で見分けよ! 史上最大のミッションに挑む「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論 ―番外編―(2/4 ページ)

[江端智一,EE Times Japan]

技術名は、ブランド名としての価値も持つ

 入社2年目の私に与えられた研究ミッションは、

電子レンジ(オーブン、グリル機能あり)に入れられた食材の種類を、調理時に、稼働中のセンサー情報だけを使って、ファジィ推論で判別せよ

でした。

 正直、私は最初、ミッションの意味が分かりませんでした。

写真はイメージです。

江端:「あのー、電子レンジに食材を入れるのは人間ですよね」
上司:「当たり前だ」
江端:「シュークリームの生地とサンマを間違えて、電子レンジに入れる人間がいるとは、思えないのですが……」
上司:「そんなことは分かっている。今、家電業界では、電子レンジの自動判別機能が、付加価値になっているからだ。つまり『流行』であるから対応するのだ」
江端:「この判別方法、ファジィ推論を使うより、普通の判別アルゴリズムを使った方が、ずっと簡単と思うのですが」
上司:「そんなことは分かっている。今、家電業界では、『ファジィ』と名前が付くものが、よく売れている。つまり『流行』であるから対応するのだ」
江端:「はあ……では、推論エンジンのどの部分に『ファジィ推論』を使えば良いのですか」
上司:「どこでも良い」
江端:「……はい?」
上司:「推論エンジンの一部で構わん。とにかく、製品が『ファジィ推論機能付き電子レンジ』とうたえれば、それで良い」

 この会話は、私にとって、入社以来、最大のパラダイムシフトでしたね。技術名称が、「マーケティング」を左右する「ブランド名」として価値を持つことがあるのだ、と。

 つまり、その技術名称を付与することによる、電子レンジの「ブランディング」です。

 今となっては信じられないかもしれませんが、当時、家電製品は国内で生産されるものであり、そして、日本人のほとんどが、「結婚することが当然」と思っていた時代でした。家電製品は、国内市場のシェアだけで一大産業として成立している巨大なマーケットだったのです。

「サンマとサバ」をファジィ推論で判別せよ

写真はイメージです。

 当時、競合他社の高価格帯の電子レンジは「温度センサー」と「湿度センサー」はもちろん、「高さセンサー」「重さセンサー」「距離センサー」まで付いていました。おまけに、庫内の温度や湿度、テーブルの回転方向や高さまでも変えられるという、まさに、「知的調理器具」と呼ぶのがふさわしい機械だったのです。

 例えば、シュークリームを判別する場合、高さセンサーを使って、時間とともに大きくなっていく状態を測定する、という手法が取られていました(最初から、「シュークリーム」というボタンを用意しておけば、それで足りそうなものですが、一応それは「言わない約束」となっていました)。

 一方、私はその後、とんでもないことを知らされることになります。

1)競合他社の「高価格‐高機能戦略」に対して、我が社は「低価格‐高機能戦略」で差別化する
2)そこで、使えるセンサーは、『温度センサー』と『湿度センサー』の2種類のみとする
3)判別する食品は、他社製品と同様、「サンマ」「サバ」「茶碗蒸し」「シュークリーム」他、全部で10種類とする
4)ファジィ推論で食品判別を行うこととする

 この段階で、私は「むちゃだ!」と叫びましたね。

 上司に、「あと1つセンサーを加えて下さい。距離センサーだけでも良いです。部品価格は1個100円程度です」と泣きついたところ、叱られました。「コスト感覚がなっていない」と。たとえ100円の部品でも、それを組み込むソフト、装置、加工、検査を入れれば、最終価格で1万円に跳ね上がる、と言われました。

 「では、せめて判別する食品の種類を、半分にして下さい。『サンマとサバ』は、『魚』でくくれば良いじゃないですか」と主張したところ、魚に含まれる成分(多分、水分量か魚油だったと思うのですが)によって燃焼温度が異なるため、同じグループとしてはくくれない、と言われました。

 そして、さらに2つ。

5)本研究の期限は延期できない
6)企業の研究に「できない」という解はない。どのような研究結果となろうとも、この任務を完遂すること

 正直、青ざめました。入社2年目の私には、目の前が真っ暗になるような絶望感が広がっていました。

 私は、この電子レンジの開発によって、

(a)厳しいコスト感覚
(b)厳格な要求仕様の実現
(c)納期の絶対厳守

そして、

(d)「できない」と言ってはならない

という、企業研究員の初歩の初歩をたたき込まれることになります。

 私の企業研究員としての原型は「電子レンジ」によって作られた、と言っても過言ではないでしょう。

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