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「サンマとサバ」をファジィ推論で見分けよ! 史上最大のミッションに挑む「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論 ―番外編―(4/4 ページ)

» 2012年11月26日 09時00分 公開
[江端智一,EE Times Japan]
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ついに見つけた判別のポイント

 それからは、寝ても覚めても「サンマとサバ」。通勤途中も仕事中も週末も「サンマとサバ」でした。

 行き詰まった私は、ついに休日に出社して、研究所の図書館の床の上に、「サンマとサバ」の、数十もの時系列データのグラフを敷き詰めました。そして、机の上に登って、それらのデータを一斉に俯瞰(ふかん)したり、グラフの間を歩き回ったりしていました。


 その作業を開始して数時間も経過したころでしょうか。サバの湿度データに奇妙な変化点を見つけました。本当に短い時間なのですが、ある一瞬に、湿度がわずかに低下する事象を発見したのです。食材の加熱の途中で、単調増加中の湿度が瞬時的に低下するということは、物理の常識に反していましたが、その現象は、全てのグラフに共通して見いだすことができるものでした。

 この湿度低下のポイントを見落とさなければ、「サンマとサバ」は分別できます

 このポイントを確実にキャッチするためには、サンプリング周期を現状の2倍程度にまで上げられれば安心でした。ただし、そのデータを格納するには2倍の容量のメモリが必要となります。当時、メモリは非常に高価なデバイスでした。センサーを搭載するのと同じくらいのコストがかかると考え、誰にも相談せずに、このアイデアは自分で却下しました。

 とりあえず、現時点においては全てのデータで変化点を確認できるのだから、“サバの神様”に「電子レンジのマイコンがこの変化点を見落としませんように」とお願いしながら、「サンマとサバ」の判別にコーディングの9割を割いた、食品判別推論エンジンを完成させたのです。

 その後のテストにおいて、当初の目的であった10種類の食材の判別ができることが確認され、私は研究を完了することができました。

そして、ブランド化へ

 この電子レンジが爆発的に売れたわけではありませんでしたが、一応、工場からは特許出願もなされて、研究の成果としては「形」となり、この結果を発表することになります。

 そして、この話が「『英語に愛されないエンジニア』のための新行動論」第1回

……世界中の誰にもまねができないと自信を持って語れる研究成果は、「電子レンジの2つのセンサーだけで、サンマとサバを自動判別するアルゴリズムを開発した」ということでしょうか。これを人前で堂々と発表した時、聴講者が下を向いて震えながら「笑いをこらえていた」らしいです。

につながることになります。

 さらに、私のこの研究に対する周りの反応について、私の先輩がリポートで詳細に記載してくれていますので、ご紹介します。

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やがて新郎・新婦が入場してきた。

司会者が二人の生い立ちを簡単に説明する。だが、言うまでもなく、江端の過去の恥部は跡形も無く隠蔽されていた。

私としては、懸命に勉強して大学院まで卒業し、一流といわれる企業に就職したものの、その結実がサンマとサバの識別でしかない、という人生の不条理を哀歌(エレジー)として謳い(うたい)あげて欲しかったのだが。

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 「サンマとサバの研究員」という私のブランディングは、ここから、始まったのです。



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Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



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