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恐るべきIBMの知財戦略、なぜ太陽電池に賭けるのか?知財で学ぶエレクトロニクス(5)(2/6 ページ)

» 2013年03月19日 09時00分 公開
[菅田正夫,知財コンサルタント&アナリスト]

湿式太陽電池に注目したIBMの動向

 では、いつごろIBMはCZTS太陽電池に注目し、技術開発を着手したのであろうか?

 IBMは2008年から、湿式製膜法CZTS太陽電池に取り組み、2年後の2010年には変換効率9.6%を達成したと公表している*3)

*3) 米Stanford UniversityのMike McGehee氏による資料「Recent Advances in Solar Cell Technology」(PDF)。関連記事:ソーラーフロンティアがIBMと新型太陽電池を開発へ、材料コストの低減を狙う

 IBMの太陽電池技術開発への取り組みは1970年代に始まっている。しかしながら、湿式製膜CZTS太陽電池開発への着手は、研究に歴史のある湿式製膜CIGS*4)太陽電池開発に由来すると考えられる。そこで、まずIBMの湿式製膜CIGS太陽電池開発の歴史を概観する。

*4) CIGSは4種類の元素、銅(Cu)、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、セレン(Se)を含む化合物半導体。組成式は、Cu(In1-xGax)Se2

 約5年前、2008年8月16日の時点で、IBMは東京応化工業と湿式製膜CIGS太陽電池の共同開発を開始すると公表している*5)。翌2009年1月には、モジュール面積と変換効率の異なる2つの成果として、12.8%(0.45cm2)、と11.6%(1.1cm2)を発表している*6)

*5) 日本IBMの広報発表資料(閲覧

*6) 2009年1月にインドで開催された「18th International Photovoltaic Science and Engineering Conference & Exhibition」でのIBMの学会発表(続報:PDF

湿式製膜法に優れる

 IBMと東京応化工業が共同開発したCIGS太陽電池では、ヒドラジン溶液を用いる湿式製膜法が採用されている*7)。ヒドラジン(N2H4)を用いる湿式製膜CIGS太陽電池では、膜組成が分子レベルで均一だという長所があり、セレン(Se)化も不要であり、不純物(他の製法では混入しやすい酸素O、塩素Cl、炭素C)を含まず、μmオーダーの大粒径CIGS薄膜が可能になるなどの利点がある。ただし、ヒドラジンという、毒性をもつ引火性液体危険物を用いるのが難点である。ヒドラジンはロケット燃料に主に使われているほどの物質だ。

*7) 東京応化工業は半導体製造用のレジストをIBMに供給しており、IBMは東京応化工業の湿式プロセス管理能力に注目して共同開発契約を締結したと考えられる。優れた交渉力/契約力をもち、東京応化工業の顧客でもあるIBMは、自社優位の共同開発契約の締結も可能であったと考えられる。

 東京応化工業との共同開発を公表した2年後の2010年に、IBMは湿式製膜CIGS太陽電池で変換効率13.6%を達成した*8)。このような技術開発経緯もあり、東京応化工業はヒドラジンを使用するCIGSやCZTSの湿式塗布装置および方法に関する特許を単独で出願している。

*8) D.B. Mitzi, M. Yuan, W. Liu, A. Kellock, S. J. Schrott, V. Deline : Proc. 33rd IEEE Photovoltaic Specialist Conf.(IEEE, 2008)384

東京応化工業のCIGS/CZTS太陽電池に関わる日本公開特許出願状況

 IBMの技術開発のロジックについて触れる前に、東京応化工業のCIGS太陽電池とCZTS太陽電池に関わる日本公開特許出願状況を確認しておこう。

  • 日本公開系特許に注目すると、「CZTS塗布装置および塗布方法特許」が8件、「CIGS/CZTS塗布装置および塗布方法特許」が11件、それぞれあることから、「CIGS塗布装置および塗布方法特許」は3件であることが分かる。
  • CZTS塗布装置および塗布方法特許8件には、「優先権証明請求(4件)」/「優先権証明書提出(4件)」の履歴があることから、「外国出願されている/外国出願が予定されている」ことが分かる。
  • 優先権証明書提出(4件)が行われた日本公開特許に注目すると、1名の発明者住所は米国となっている。この発明者が米国IBMにおいて、共同開発を担当していると考えられる。
  • CIGSおよびCZTS太陽電池に関わる特許の一部は、既に外国出願されていることも確認できた。

インジウム資源を考慮して開発対象を変更

 IBMは湿式成膜CIGS太陽電池できちんと成果を挙げている。では、なぜ湿式製膜を踏襲しつつ、太陽電池の技術開発対象をCIGSからCZTSに移行したのであろうか?

 IBMの湿式製膜CIGS太陽電池では、「さほど苦労せずに高い変換効率を得た」*9)としており、その経験を今後の湿式製膜CZTS太陽電池技術開発に生かそうとしていると考えられる。CIGS太陽電池では、使用されるインジウム(In)が約1000米ドル/kgと高価格であるため、CIGS太陽電池の年間発電量は100GW以下に限定されるとの予測があることをIBMが指摘している*10)

*9)*10) MSP TechMediaによる報道「Electrifying Advances」(2001年4月)より。

 なお、CIGSでは、インジウム(In)だけでなく、比較的高価格なガリウム(Ga)までも使用しており、量産規模が拡大するにつれてCIGS太陽電池にとっては資源問題が今後の大きな課題となり得る*11)

*11) 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による調査レポート「レアメタルシリーズ2010 インジウム及びガリウムの需要・供給・価格動向等」(PDF)。

 そこで、IBMは湿式製膜CIGS太陽電池技術開発の経験を生かし、より安価で埋蔵資源量が多い原材料だけで構成されるCZTS太陽電池を、より安価な湿式製膜法で製造することを狙い、湿式製膜CZTS太陽電池の研究開発に着手したと考えられる。そして、より確実な研究開発成果を得るため、湿式法だけではなく、蒸着法によるCZTS太陽電池開発にも併せて着手していると考えられる。

 同じ目的のために、異なる製造方法や機能実現方式を同時に並行して検討する研究開発方式はかつての日本企業でもよく行われていた。しかし、現在では潤沢なリソース(研究開発資金力と優秀な技術開発者)を持つIBMならではの技術開発方式になったともいえる。

 ここまでのロジックをIBMの米国公開特許出願で確認してみよう。

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