それにしても、この摂食障害というのは、非常に奇妙な病気です。特に、「自力で食事をコントロールすることができなくなる」というのは、簡単には信じ難いことのように思えました。
2015年8月に、インタビューに応じていただいた、平成横浜病院 管理栄養士の伊藤先生と久保寺先生のお話を、以下に再現してみたいと思います。
先生:「『脳はブドウ糖しか摂取できない』といわれています」
江端:「『ブドウ糖』って言葉、良く聞きますが、私には、『何か甘いもの』くらいのイメージしかありません。でも、 ――脳を動かすためには、ケーキをたくさん食べていれば良い―― なんてことは、ないですよね」
先生:「ああ、それはないです。健康である限り、血液中のブドウ糖濃度は、常に一定の範囲にとどまるように調整されますから」
そりゃ、そうだと思います。
もし血中糖値を高めることで、脳の機能を活発にできるのであれば、『糖尿病の人は、普通の人よりすごく頭が切れる』ということになりますが、そういう話は聞いたことがありません。
ですから、毎日の主食をケーキにでもしない限り、ケーキの糖質だけが脳に行くことはないでしょう(で、大抵の場合ブドウ糖→脂肪となって、肥満の原因となる)。
先生:「ところが、過激なダイエットによってこのブドウ糖が脳に供給されない状態になるのです。すると、脳は、正常な判断ができなくなります」
(ふむ、PCのCPUが壊れてしまうようなものか)
先生:「そのような脳は、自分の外観(容姿)や、数値(体重)の意味が理解できなくなり、誰の意見も聞き入れなくなります」
江端:「でも、人間は、確か、生命保護機能がありますよね。たとえ眠っていても、生存するための機能は絶えず動いている、というような……」
先生:「正常な判断ができなくなった脳は、適正なホルモン分泌もできなくなり、『空腹』も感じることもできなくなるのです。最悪の場合『空腹』を『快感』と感じることさえあります」
―― I/O(入出力装置)を完全に破壊された上に、フェイルセーフ機能までが無効化され、書き換えられたプログラムで暴走を続けるコンピュータ。
このようなコンピュータの行きつく先は、1つです。システムダウン―― つまりシステムの「死」です。
そう思い至った時、背筋に冷たいものを感じたのを覚えています。
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