状況把握の結果、5年前の那珂工場のような建屋被害は見られずクリーンルームが維持された状態で仕掛かり品への影響も小さく済んだが、一部製造設備での被害が確認され、現地川尻工場からの報告は「復旧は6月になる見込みだった」(鶴丸氏)という。「とにかく早く復旧させたかった」という鶴丸氏ら本社の対策本部では、クリティカルパス(復旧までの時間を左右する作業工程)の洗い出しを現地に指示し、見つかったクリティカルパスに集中的に対処し、復旧時期を繰り上げていく作業を続けた。
そうした中で、最も復旧を阻む大きなクリティカルパスとして残ったのが、加熱工程の炉に使う石英治具の修復作業だった。
石英治具は往々にして、震災に見舞われた半導体工場の復旧を遅らせる主因となる部分だ。ルネサスも予備を用意するなどの対策を講じていた。実際、「90%は予備への取り換え、残り8%も他工場から持ち込み分で済み、(調達まで時間を要する)新規購入が必要な部分は2%だけだった」(鶴丸氏)とし、まさに“取り換えさえすれば”という体制を整えていた。
石英治具修復というクリティカルパスに対処し、「なんとしても1カ月以内、5月15日に(震災前の生産能力へ)復旧させたかった」と当初、1カ月での完全復旧を目指したが、断続的に続く大きな余震がそれを阻んだ。
5年前の那珂工場復旧作業を生産本部長*)として指揮した鶴丸氏は、「那珂工場の復旧作業時、石英治具を取り換えた直後に余震で再び失ってしまうという経験をした。余震で、石英治具を失ってしまえば、最も大きなクリティカルパスとなってしまうので、それは避けたかった」と振り返る。
*)2011年4月から(2011年3月時点は生産本部副本部長)
「とにかく前倒ししたかった」(鶴丸氏)と焦りが募る中で、本社の対策本部はBCPに基づき、気象庁の地震データが、あらかじめ規定している数値を満たすまで待つ時間が続いた。そして、ようやく余震が落ち着いていき、4月22日から一部工程で生産を再開、5月22日完全復旧のメドがついた。
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