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始まった負の連鎖“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日(3)(1/5 ページ)

ある朝、顧客から入った1本のクレーム。湘南エレクトロニクスが満を持して開発した製品が、顧客の要求スペックを満たしていないという内容だった。その後、調査が進むにつれて、さまざまな問題が明らかになり、社員は“犯人探し”と“自己防衛”に走り始める――。

» 2016年07月21日 11時30分 公開
[世古雅人EE Times Japan]

「“異端児エンジニア”が仕掛けた社内改革、執念の180日」バックナンバー

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顧客要求スペックを満たしていない!? 崩壊の始まり

 ある月曜日の朝。いつもなら朝礼で部長の話が始まるところが、今日に限って須藤が在籍する技術部の中村部長の姿が見えない。なんでも緊急会議とのことで、部長以上は皆、本社に呼び出されているらしい。部長に代わり、各課の課長がそれぞれ連絡事項などを機械的に告げている。須藤は森田の話を淡々と聞きながら、胸騒ぎを感じていた。

 東京の本社と神奈川県藤沢市にある工場は、移動に1時間半近くかかる。中村部長が工場に戻り、技術部全員が集められたのは午後になってからのことだった。

中村(技術部長):「われわれ技術部が満を持して開発した最新のデジタルビデオカメラ DVH-4KRが8台、先月からフィールドエバレーション(エバ)の真っ最中だ。ハリウッドのCG Cinema社(以下CG社)で行われていることは知っていることだろう。

 ところが、およそ半数がCG社の要求スペックをクリアしていないと本社に連絡が入っている。本機種は、次世代のハイビジョン方式も見据えたテレビ/映画製作向けのプロ機材で、このエバは今後の販売計画にも大きく営業を与えることは言うまでもない。CG社は今回の結果を見て、当社に契約の解除を申し入れている」

城崎直哉(設計課課長):「スペックをクリアしていないって、エバ前に社内で十分テストしたはずでは? 具体的にはどんな問題なんですか?」

中村:「もちろん、社内で十分テストを行い合格したものをエバに持ち込んでいる。CG社によると、スペックで引っ掛かっているものは、DVH-4KRの“ダイナミックレンジ”不足らしい。どうやら、“カラーグレーディング*1)”のプロセスでシャドーのつぶれや白トビなどで、補正しきれず判明したとのことだ」

*1)カラーグレーディング(Color Grading):デジタル撮影における色調(色味やトーン)を整える作業。以前はカラコレ(カラーコレクション:Color Correction)と呼ばれることもあったが、近年は単なる補正(コレクション)をはるかにしのぐハイレベルな作業を指す。専用のソフトも存在するが、元の撮影画像にダイナミックレンジの広さが要求される。参考はこちら

森田(開発課課長):「信じられないです。広ダイナミックレンジは一番のウリで、われわれ開発課が最も苦労したところなのに」

中村:「原因もおおよそ分かっている。エバで引っ掛かった製品を引き取り、製造部で分解したところ、ダイナミックレンジに直接、影響を与える電子デバイスが設計要求を満たされないものが使用されていた。現在、製造部と品質保証部でさらに詳しい調査を行っている」

 電子デバイスと聞き、技術部全員の目が“開発課”に向けられるのがわかった。メカ、筐体、機構設計を行う“設計課”と組み込みなどのソフト開発を行う“システム課”の人間、そして“庶務課”の女性たちでさえもだ。須藤は、自分を一瞬“キッ”とにらんだ森田を見逃していなかったが、部下の大森は気が付かなかったのか、須藤にそっと声をかける。

大森:「ねぇ、須藤さん。今、中村部長が言った電子デバイスって、僕らが苦労して設計して、部品選定したものですよね?」

須藤:「確かに。ダイナミックレンジが関連しているとすれば、恐らくA-Dコンバーターだ。俺とお前で選定したやつだよ。それが設計要求を満たさないって、一体どういうことだ? あり得ない……」

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