図1に示したような構造をどうやって作り上げたのか。その答えはこうだ。
目視できる寸法(約0.1mm)のグラファイトからなる「天井」と「床」を用意する。どちらも平滑な板だ。その後、半導体製造技術を用いて製造したくしの歯状のグラフェンの壁を用いて天井と床を接着した。「ファンデルワールスアセンブリー技術」を用いた接着である。用意したグラファイトの表面は原子レベル(0.1nm程度)で平滑だ。そのため、あたかもグラファイトの塊から数層のグラフェンからなる管を取り去ったかのような構造が出来上がった。
Gaim氏によれば、ナノメートルサイズの微細な管を作る実用的な手法は現在2つある。いずれも半導体製造で実績のある手法だが、どちらも長所と短所があるのだという。
まずはトップダウン法だ。半導体ウエハー上でエッチング技術を使えば、2nmの高さのチャンネルを製造できる。形状も比較的自由だ。これが長所。だが、表面に粗さ(ラフネス)が残る。原子レベルではデコボコだ。
もう1つはボトムアップ法。例えばウエハー上で化学的気相成長法を適応すれば、さまざまな厚みを選択でき、原子サイズで滑らかな層を作ることができる。欠点は柔軟性に欠けること。CNTのような例外はあるものの、パイプ状の構造を作ろうとしても1nm未満のものしか製作できない。もう1つの欠点は、目で見えるような構造と接続できないことだ。これがCNTの異常な実験結果に対して、疑問の声が上がる理由になっている。
今回の手法では、2つの手法の長所はそのままに、短所をカバーした。最小寸法(高さ)は0.7nm、幅が130nmの極めて滑らかなパイプ、これを200本含む構造を30個以上試作できた。管の長さは2〜10μmだ。
しかも目に見えるような構造と接続できたことで、水などを透過する実験の信頼性が高まった。漏れ(リーク)がないことを保証できるからだ。漏れがないことを実験でも示した。
本文中に示したファンデルワールスアセンブリー技術とは、主に2次元方向に広がる分子を重ね合わせて、狙った構造を作り上げる手法だ。分子間に働くファンデルワールス力を利用する。
ファンデルワールス力は、分子間に働く弱い電気的な力だ。化学結合には強さの違いがある。ダイヤモンドでは炭素原子同士を共有結合が強く結び付けている。この強さを100とすると、DNAやタンパク質の構造を維持する水素結合は10、ファンデルワールス結合は1だ。
ファンデルワールス力は弱い力だが、それでも分子同士を結合する役に立っている。例えば、鉛筆の芯の原料である黒鉛(グラファイト)は、2次元に広がる複数のグラフェン分子が「縦方向」にファンデルワールス力で結び付いた構造を採っている。鉛筆が持つ独特の滑り心地は、ファンデルワールス力によって生まれる。筆圧がファンデルワールス力に打ち勝ち、グラファイト結晶の中で、あるグラフェン層と別のグラフェン層がずれる効果である。
ファンデルワールスアセンブリー技術自体の歴史は5年もない。それでも英University of Manchesterを含む複数の研究チームがグラフェン以外の異なる材料を用いた試作の段階に進んでいる。原子1層の厚みを持つ異なる2次元結晶を積層し、望みの特性を持つ材料を得る技術だ。窒化ホウ素(ホワイトグラフェン)や二硫化モリブデン、二セレン化ニオブなどを用いた例がある。
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