本社から駆け付けた3人が、ようやく到着した。須藤の同期で営業部の末田が真っ先に口を開いた。
末田:「いやぁ、須藤からのメールを見て、いかにもお前らしいなと思ったけど、まさか、社長にまで話に行くとはなぁ。たいしたもんだ」
須藤:「ちゃかすなよ。だって、このままでは俺たちの新製品があたかもろくでもないような製品だとCG社にレッテルを張られたようなものだし、社内からもそういう目で見られることが悔しい。まして、これがキッカケで今回の経営刷新計画が出たと思っている社員も少なくない。一体、俺らが何をしたって言うんだ」
これまで冷静に各自の意見を聞いていた須藤は、末田に気を許したのか、つい本音が出て、いつもの口調に戻っていた。
佐伯:「それで、ここまでで何か意見はまとまったとか、方向性は見いだせたのかい?」
須藤:「いえ、まだ全然です」
佐伯:「そっか。確かに須藤さんがメールで書いていたように、“われわれにできること”を探さないといけないとは思う。僕らのような管理職ならなおさらだ」
大森:「うちの森田課長なんて、自分第一だから、佐伯さんの爪の垢でも飲ませたいですよ、まったく」
及川:「うちだって、藤田課長は似たようなもんですよ。特に自分にとって損得で動くところなんて、森田課長とそっくりです」
須藤:「あぁ、確かになぁ……それはさておき本題、本題! “われわれに何ができるか”だけど、具体的にアイデアがある人はいます?」
木下:「僕は膿を出すことにこだわりたい。だって、事件の真相はまだ分かっていないんでしょう。製造部で調査すると聞いているけど、真面目にやっているのかなぁ」
楢崎:「僕ら製造部の周りを見ても、DVH-4KRビデオカメラのエバ機を分解して、原因究明をしている様子なんてこれっぽっちもないです」
佐竹:「ほら見たことか。結局、この会社の体質なんですよ。事なかれ主義が美徳で、都合の悪いことはうやむらにするか、問題の先送りをするかどっちかなんだから」
末田:「いっそのこと、エバ機の原因究明を僕らでやったらどうだろう? 仮に何らかの悪意をもってハメられたとすれば、その痕跡はビデオカメラにあるだろうし、どういうプロセスを経て、スペック割れした製品が製造され、CG社に渡ったかということじゃないのかなぁ」
佐伯:「原因究明を自分たちで行うのは、いいことかもしれない。製造は海外子会社だけど、搭載部品が入れ替わったこと、試験成績書が改ざんをされていたこともまだ不明だ。一体、どういうメカニズムで問題が発生したのかということだ」
三井:「今回、須藤君に声掛けをしてもらい、正直うれしいですよ。まぁ、このタイミングで言うべきことではないですが、工場の皆さんが第一線で活躍している姿を見ることもうれしいものですから」
三井誠(46)は、人事部の課長だ。須藤が新入社員だったころに研修などでお世話になった。技術のことには詳しくないが、いつも熱く会社のことを語る根っからの人事マンだ。人事の人と聞くと、エンジニアはどこか煙たがるところがあるものだが、三井に対してはそれが当てはまらない。
須藤:「三井さんは人事っぽくないですからね(笑)。早速で申し訳ないのですが、まだ、経営刷新計画のうち、希望退職についての具体的な内容は出ていないですよね。時期と退職者数だけ先走りしちゃっています。本社もでしょうが、工場内の雰囲気は最悪です。マジで500人もの従業員を切るんですか?」
三井:「正式な発表は来週になり、これは当社のプレスリリースとしても社外に発表になる。500人削減は経営陣からの指示で実施は間違いない。対象は全社員で、ことし入社したばかりの新入社員も含まれる。既に通常の退職金の上積み分の条件を勤続年数などを根拠に出来上がっているし、再就職支援については社外の人材紹介会社などと具体的な話を詰めている。さらに、各部門から均等に早期退職者が出るとは言い切れないから、希望退職実施後に早急に組織の見直しをしないとならない。場合によっては、部門そのものがなくなることもあり得る」
須藤:「分かりました。では、三井さんからは希望退職は確実に実施するとのことで、ここにいる皆さんも希望退職に手を挙げるかもしれない。けど、僕は研究の木下さんと同様に、この会社を何とかしたいし、そのつもりで社長とも話をしてきた」
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