今回は「飛び込みを1/100秒単位でシミュレーションすること」に挑みます。私が目指すところはただ1つ。このシミュレーションによって「飛び込みによる、想像を絶する苦痛」を浮き彫りにすることで、たった1人だけでも、飛び込みを思いとどまってほしい――。本当にこれだけなのです。
「世界を『数字』で回してみよう」現在のテーマは「人身事故」。日常的に電車を使っている人なら、1度は怒りを覚えたことがある……というのが本当のところではないでしょうか。今回のシリーズでは、このテーマに思い切って踏み込み、「人身事故」を冷静に分析します。⇒連載バックナンバーはこちらから
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私がご依頼いただいているコラムの原稿締切は、月曜日が多いです。
これは、私が「週末ライター」であることと関係があるのですが、当然、その月曜日の直前の週末の私の精神状態は ―― 私には自覚がないのですが ―― 家族が言うには「すさまじい」ものなのだそうです。
もちろん、私は、自宅で暴れて、家族に暴力を振るう などという、低能なゲス人間ではありません。『できるだけラクに人生送りたい』と人生ナメてるダメな奴でもありませんし、(自宅のローンはあるけど)借金はないし、働きもせず酒ばかり飲んで『俺がダメなのは世間のせいだ』と文句を言う輩(やから) ―― でもありません。
家族が言うには、私の「オーラ」が問題なのだそうです。
特に、私の執筆が佳境に入ってくる状態 ―― いわゆる『神が降りている』状態(「英語の文書作成は“コピペ”で構わない」) ―― においては、私の部屋のドア周辺はもちろん、階下のリビングにまで、「黒いオーラ」が漂ってくるのだそうです。
そして、家の中全体が、息苦しい緊張感に包まれる ―― らしいのです。
嫁さんからは、『なんとか、あの黒いオーラを出さずに執筆してもらえないものか』と相談されているのですが、こればかりは、私もどうしたら良いのか、分かりません。
もちろん、私は、家族の言う「黒いオーラ」とは、一種のメタ表現であると思っています。
多分、執筆佳境中の私の挙動は、
などの状態に陥っているのは確かなようですので、そこから「黒いオーラ」というメタファーが誕生した、とも考えられます。
ただ、それでも1つ、疑問が残ります。
そもそも締切直前の週末は、私は自室でカンヅメ状態になっていますので、家族と顔を合わせる機会も時間も少ないのです。つまり、私の家族は、私の執筆しているところを視認できないはずなのです。
それなのに、なぜ私の家族は、私の「黒いオーラ」の発生を検知できるのか?
これは大きな疑問であり、興味深いテーマでもあります。
それはさておき。
今回、私はこのコラムで、コンピュータを使ったシミュレーションを予定していませんでした。先月から、再三検討を続けてきたのですが『難しいし、時間がない』と判断していたからです。
ところが、執筆を本格的に開始した、土曜日の午後2時ごろのこと。
突然、天啓を受けたかのように、目の前に、飛び込み自殺の現場が、コマ送りのごとくスローモーションで見え始めたのです。さらに、私の視点は、電車の底に潜り込み、人体が轢断され、肉片が飛び散る様子が、すさまじいまでのリアルさを持って見えてきました。
その瞬間、私の頭の中では、この問題をモデル化する方法と、設計すべきオブジェクト(列車、車輪、人体)とそのメソッド(運動方程式)が、瞬時に展開されたのです。
そして、エディタを開いてコーディングに着手しました。完了まで30分。デバッグ回数(たったの)2回。シミュレーションの計算結果は1時間30分後には全て出そろいました。
こうして、私の「飛び込み自殺」のシミュレーションプログラム(「飛び込み自殺遺体散乱検証シミュレーター」)は、あっという間に作成され、その目的を完遂してしまったのです。
私は、現時点において、信じる神を持たない人間ではありますが(私は、神社にも寺社にも教会(モスクを含む)にも行く)、今回ばかりは、何か特別な力のようなものを感じずにはいられませんでした。
このシミュレーション結果を世に広く知らしめよ
―― と、誰かに言われているような気がするのです。
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