ウェアラブル機器の発売が毎回、大きく話題になることはなくなったが、当初の期待よりもその市場の成長スピードは遅いのではないかと、筆者は感じている。ウェアラブル機器に本当に必要なものは何かを、あらためて考えてみたい。
Nokiaのベル研究所の使命は、より良い未来を生み出すために、今後5年から十数年後の人々のニーズを実現するという重要な課題に取り組むことにある。
現代に生きる人々にとって、最も重要な課題の1つが、いかにより多くの自由な時間を確保することではないだろうか。われわれはこれまで、自らが作り出した非効率性に耐え過ぎてしまったと筆者は感じている。そして、こうした状況を突破できるのが、“人間を主体とした技術”ではないだろうか。
心理学者のAbraham Maslow(アブラハム・マズロー)氏が提唱した「マズローの欲求段階説(Maslow’s hierarchy of needs)」では、人間の欲求が5段階に配列されている。
技術とは、現在われわれが既に実現している、マズローのピラミッドの下の階層にある「生理的欲求(Physiological needs)」や「安全の欲求(Safety needs)」などに注力するためのものではなく、その上の階層にある「自己実現の欲求(Self-actualization)」や「自己超越の欲求(Self-transcendence)」を満たせるようサポートするためのものでなければならない。また、感情や経験を共有することにより、人々がより良い生活を送り、大切な人たちと多くの時間を過ごし、コミュニケーションや文化の壁を破壊できるようにする必要がある。
Nokiaのベル研究所は、技術イノベーションを実現する上で、既存の手法を根本から見直す(時にはすっぱりとやめる)ことが重要だと考えている。
現在、そのための1つの方法として、アーティストたちと協業することにより、“人間を主体として技術”を開発するための取り組みを進めているところだ。
ウェアラブル市場は、人々の真のニーズを解決することができないために、大きな成長を遂げられずにいるのではないかと、筆者は感じている。
将来的には、ウェアラブル機器は、少なくともかなり正確なフィットネス追跡機能を提供できるようになる必要がある。さらに、身体を傷つけない非侵襲性のヘルスモニタリング機能の搭載も欠かせなくなってくるだろう。こうした機能を搭載することで初めて、さまざまな健康状態を予測して、誰もが楽しく健康的な生活を送れるようサポートできるようになるはずだ。
またウェアラブル機器は、さまざまな医療グレードのセンサーを統合することも必要になるだろう。1台のウェアラブル機器が、有用な測定結果を1種類しか提供できない、という状況では、ユーザー側に立って考えれば到底受け入れられない。さらに、ウェアラブル機器が、好んで選ばれるコミュニケーションツールになれば、いくつもの異なる用途の機器を使わなくても情報をやりとりできるようになるはずだ。
もちろん、こうしたウェアラブル機器を開発するには、いくつもの設計上の課題がある。超低消費電力のセンサーや非浸襲性および医療グレードのセンサーの設計、大容量の小型バッテリーの実現、バッテリーを充電するためのエナジーハーベスト(環境発電)技術、機械学習を使える通信プロトコルの搭載、といった具合だ。
このような課題を解決することが可能な、“人間を主体とした技術”を開発するためには、部品やシステムの開発者たちが協業することが重要だ。ウェアラブル機器は、適切な設計さえ実現できていれば、既存技術の適用方法に対する固定観念を捨てることで、人々の生活をさらに向上できるようになるだろう。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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