こんにちは、江端智一です。今回は、2年近くにわたり続けてきた、この連載「Over the AI ―― AIの向こう側に」の最終回です。
当初、1年連載の予定だったのですが、これが2年間も続いた理由は、「EE Times Japan編集部が、私を止めなかったから」―― というのもあるのですが、私が、本連載の第1回に打ち上げたテーゼ、
「これでもう、コンピュータは人間と同じような知能を持ったもの同然だ」
と言い続ける人たちに対する、私の素朴な疑問
――で、そういうAIは、今、一体どこにあるんですか?
に対する、私の捜索作業が「完了した」からです。
2年間、23回の連載で、「そういうAIはどこにもなかった」と、ここに断言します。結局、「ナンシー」はどこにもいなかったのです。
今回の連載で、最新AI技術の“ものすごさ”を実感できたのは、事実です。
個人的には、
などが挙げられます。
そして、高校数学が教えているのもの(確率、統計)が、最強のAI技術であり、または、全てのAI技術基本プラットフォームであったなど、目からウロコの発見もありました。
ただ、ここまで分かっても、なお、
(A)「人工知能」という名前にふさわしい「人間の代わりになる程度の知能を有するモノ」は、どこの誰も開示しておらず
(B)そのモノが将来に発生する可能性について、筋の通った説明をしている人間もおらず*1)
(C)そして、この23回の連載での検討を通じて、そのようなモノが将来出現する可能性は絶無であると断言できる*2)
という結論に至りました。
*1)シンギュラリティ論は、それを語る人間が、その人の死後あたりの年代に設定されている、あるいは、厚顔甚だしくも、過去に自分の言ったことに責任を持たない(あるいは他の要因に責任転嫁する)人間によってなされているケースがほとんどです(関連記事:「弱いままの人工知能 〜 “強いAI”を生み出すには「死の恐怖」が必要だ」)。
*2)少なくとも、現在のコンピュータアーキテクチャを前提とする限り、無理と判断しました。私は、クローン技術を援用した方が、よっぽどてっとり早いと思っています(次回の番外編にて、論じます)。
「Over the AI ―― AIの向こう側に」には、何があるのか ――。
AIの向こう側にあるものは、AIのこっち側にあるものと、ほぼ同じもので、今よりも優れたソフトウェア、ハードウェア技術です。しかし、少なくとも、それは「ナンシー」ではありません。
これまでも、「ナンシー」とまでは呼べないものの、「ナンシー」に近いものはありました。それは、人工知能のナンシーよりも、はるかに強力で破壊的なものであったハズです。
例を上げてみますと「自動炊飯器」「自動食器洗浄器」「HDDレコーダー」「スマートフォン(スマホ)」そして、ここ30年くらいの間での、最強最悪の破壊者は「PC」でした。
PCが、どのように既存の社会構造を破壊し尽くしてきたのかについては、「外交する人工知能 〜 理想的な国境を、超空間の中に作る)に詳細に記載しています。
私は、『これまでPCがやってきた世界の破壊に比べれば、「AIに仕事を奪われる」ことの恐怖なんぞ、はっきり言ってゴミです』と述べており、私のこの信念は、今も1ミリの揺らぎがありません。
ですが、この私のメッセージは、こういう風にも読むこともできます。
マニュアルを1行も読まない、パソコンやスマートフォン(スマホ)に触ろうとしないで、年齢や環境に責任を転換して「私は、{パソコン|スマホ|メール}が使えない人間なのだ」と、開き直っている人。このような人は、「AIうんぬんとは関係なく、未来の社会で生きていく上で、敗北が確定している」ということです。
多くの人は、「AI技術は、IT技術が使えない人(デジタルデバイド)を助ける」と考えているかもしれませんが、これはウソです。
むしろ逆に、「AI技術は、IT技術を使えない人を簡単に見捨てる」が正しい。
なぜ、そう言えるのか? なぜなら、「AI技術を開発者している側から言えば、パソコンやスマホを使えない人のためのインタフェースを開発するコストは膨大」であり、加えて、放っておいても、デジタルデバイドの人口は減っていくからです。
私の試算では35年後には、デジタル機器を使えない人はいなくなります(寿命を全うするからです)*)。
*)関連記事:「官能の人工知能 〜深層学習を最も分かりやすく説明するパラダイム」
35年後に消滅する市場のために、AI技術の中でも最も難しく、コストのかかる「ヒューマンインタフェース開発」に投資することは、AI技術を開発するサイドから見れば、非合理な選択です。
逆に言えば、今、必死に、パソコンやスマホの新しいアプリやサービスにしがみついてさえおけば、「AIに仕事を奪われる」ことの恐怖は忘れて良いのです。新しいAI技術は、そういう新しいアプリやサービスと一緒に登場してくるからです*)。
*)SFや映画などでは、『国家に秘匿されたAI技術』というものも見られますが、基本的にAI技術は、世界に公開されて改良され続けられ、多くの人のデータがないと発展できないものですので、そういうAI技術については、おびえる必要はないでしょう。
これが、「Over the AI ―― AIの向こう側に」の最終結論となります。
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