そして、次がとても重要です。「『使えん』と判断したAI技術は、とっとと捨てる」です。
これができるかどうかは、大抵の場合「AI技術を自社開発したか否か」で決まります。
自社開発した技術(AI技術に限らない)を捨てることが、どんなに難しく、苦しいことか ――。これは経営者よりも、むしろ開発に携わった研究員やエンジニアの方が良く知っています。彼らは、自分たちが開発されたものが、使われることなく放棄されることに、猛烈に抵抗します*)。
*)最近の例としては、「高速増殖炉もんじゅ」の運用停止、廃炉に至るまでの当事者間の攻防戦などを調べて頂ければ明らかです。
これは、経済学的にはサンクコストという「回収が不可能となったコスト」の一例であるのですが、銭金(ゼニカネ)の問題以外に、その技術に関わった当事者たちの思いが絡む分、メチャクチャ面倒くさいのです。
加えて、自社開発した技術は、大抵のばあい、稼働実績のない技術であり、最初から現場で動き出すことはありません。
冷静に考えれば、仮想世界ですら動かないモノ(AI技術)が、現実世界で動く訳がないということは当たり前のことなのですが ―― 冷静で論理的であるはずの研究員やエンジニアに「何とかしてみせる!」と叫ばせてしまう ―― これが、「モノ作り」にはまってしまった人間の面倒くささなのです*)。
*)要するに、私(江端)のことです。
しかし、AI技術をバカスカ捨てていっても、「バーチャル缶詰工場」の方は、使い続けることができます(放棄の対象にはならない)。それに、将来に渡って陳腐化することもありません(改良を続ければいいだけ)ので、問題は発生しないのです。
それでも結局最後は、現実世界で苦しむ必要があります。AI技術と仮想世界と現実世界との調整のためです。
先ほど、「仮想世界でうまくいかないモノが、現実世界でうまくいくハズがない」と言いましたが、「仮想世界でうまくいったモノが、現実世界でうまくいく保証もない」のも、また冷厳な事実なのです。
仮想世界は、しょせん、仮想世界です。現実の「缶詰工場」の振る舞いを、完全に再現できる訳がありません。ですので、現実世界での稼働フェーズになった場合でも、仮想世界との乖離(かいり)を小さくするように、仮想世界のチューニングも併せて行っていく必要があります。
つまり、現実世界のチューニング、AI技術のチューニング、仮想世界のチューニングの3つを、同時に行い、予定のシステムを、予定の日までに、予定通り稼働させるために、現実世界の人間は、たくさんの苦労をしなければならないのです。
以上をまとめますと、私たちが守るべきものは、AI技術などではなく、(1)現実世界(缶詰工場)と(2)仮想世界(バーチャル缶詰工場)の2つです。
上記の提言は、必ずうまくいくことを保証するものではありませんが、それでも、(A)AI技術の研究開発には手を出さず、その代わりに、(B)将来にわたって使い続けられる仮想世界を手に入れる、という点において、この第3次AIブームを、逆手に取る戦略たりえるのです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.