物質・材料研究機構(NIMS)は、デバイス自身が学習して判断する「意思決定イオニクスデバイス」を開発し、その動作実証に成功した。
物質・材料研究機構(NIMS)は2018年9月、デバイス自身が学習して判断する「意思決定イオニクスデバイス」を開発し、その動作実証に成功したと発表した。プログラムなしでも動作する新たなAI(人工知能)システムの開発につながる技術として注目される。
今回の研究は、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ナノイオニクスデバイスグループの土屋敬志主任研究員、鶴岡徹主幹研究員、金成主NIMS特別研究員(現在は慶應大学特任准教授)、寺部一弥グループリーダーおよび、同研究拠点の青野正和エグゼクティブアドバイザーらが共同で行った。
研究グループは今回、デバイスの材料特性を利用して、学習や意思決定の機能を持つ新しいデバイスを開発した。意思決定イオニクスデバイスと呼ぶ新たなデバイスは、固体電解質中の水素イオンが移動するときに起きる電気化学現象を利用して、学習と判断を行う。
このデバイスは、水素イオンを輸送できる「ナフィオン」と呼ぶ固体電解質に白金電極を取り付けた構造を基本とする。このデバイスに電流を印加したり電圧を計測したりするための電気測定部やデータ処理部などを接続した。
試作した意思決定イオニクスデバイスに、2Hzのパルス電流を印加したところ、電極界面でナフィオン内の水素イオンが移動した。これによって電気二重層の充電や酸化還元反応など電気化学現象が起こる。さらに水素イオンや分子の濃度変化が生じ、キャパシターや濃淡電池の作用によって、回路解放時に電位差(電圧)が生じるという。こうした現象を活用し、学習と判断を迅速に行う機能をデバイスに持たせた。さらに、新しい経験を重視して適応させる「適応挙動」の機能も実現している。
研究グループは、試作した意思決定イオニクスデバイスを用いて、無線通信量を最大化する通信チャンネル選択の検証を行った。実験では、通信成功確率(確率P)が異なる「A」と「B」のチャンネル(周波数帯域)を用意し、多腕バンディット問題を解いた。
ここでは、チャンネルAとBにそれぞれ割り当てられた電極AとBの、電位EAとEBを測定し、高い電位となった電極のチャンネルを選択する仕組みとした。選択したチャンネルでデータ送信した時の成否を確率事象として与え、デバイスに学習させる。
例えば、通信が成功したら選択したチャンネルの電極に、正のパルス電流を印加する。逆に失敗した場合は負のパルス電流を印加する。この電流が電気化学現象を引き起こし、確率を学習する。併せて次回に選択するチャンネルを電位として出力するという。なお、意思決定については、金氏らが提案している綱引き(tug-of-war)理論による数理モデル利用した。
学習回数200回目に、チャンネルAとBに割り当てた確率Pを意図的に変えたら、正解率はゼロとなった。しかし、試行回数を繰り返しながら学習を重ねると、完全正解まで急回復したという。
続いて、2人の利用者が3チャンネルの通信ネットワークを利用する競争的多腕バンディット問題にも挑戦。3個の電極を有する2つの意思決定イオニクスデバイスを結合することで、通信量の最大化に成功した。
研究グループは今後、微細加工技術によるデバイスの高性能化、高集積化に取り組む。その上で、より複雑で難しい数理問題を解決できる意思決定イオニクスデバイスを用いたAIシステムの実現を目指す。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.