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なぜインベンターはイノベーターになれなかったのか?湯之上隆のナノフォーカス(3) ドライエッチング技術のイノベーション史(3)(2/3 ページ)

» 2018年10月05日 11時30分 公開

バレル型プラズマ装置の特許

 1966年にLaboratory for Electronics(LFE)のRichard L. Bersinがバレル型のプラズマ装置を発明した。Bersinは1968年に、International Plasma Corp.(ICP)社に異動して、有機物をアッシングする特許を出願する。しかし、その用途は半導体ではなかった。

バレル型プラズマ装置に関する特許 表1:バレル型プラズマ装置に関する特許

 BersinがLFEで発明した装置を半導体に導入して、1969年にSignetics Corp.のStephen M. Irvingらが、酸素とハロゲンガスによるSi(シリコン)やメタルのプラズマエッチングを発明した。その用途は半導体チップのスクライブだったが、これがバレル型プラズマエッチングの基本特許となった。この特許は範囲が広く、したがって“強い”と言える。

 1971年および1972年にLFEのAdir Jacobは、Bersinが発明した装置を用いて、半導体の微細パターンの形成に関するアッシングおよびプラズマエッチングを発明した。しかし、これらの発明は、Irvingの基本特許を回避するために、範囲を限定せざるを得なかった。したがって、これらの特許は“弱い”。

 1973年に、英International Telephone and Telegraph(ITT)のRudolf A.H. Heineckeが、CF4(四フッ化炭素)などに酸素を添加したプラズマを用いて、選択的にSiO2(二酸化ケイ素)をエッチングする発明をした。この時期まで、SiO2をSiより高速にエッチングする技術がなかったことから、Heineckeの特許は“強い”。

 ここまで、バレル型プラズマ装置による特許を展望してみると、“強い”特許を出願しているのは、SigneticsおよびITTで、いずれも半導体メーカーである。一方、装置メーカーだったLFEやIPCは、“弱い”特許しか出願できていない。

平行平板型プラズマ装置の特許や論文

 1973年に、日本電気(NEC)傘下の日電バリアンに所属していた細川直吉と松崎励作が、異方性加工を可能にする反応性イオンエッチングを世界で初めて発明し、これをリアクティブ・イオン・スパッタリング(RIS)と呼んだ。

平行平板型プラズマ装置に関する特許や論文 表2:平行平板型プラズマ装置に関する特許や論文

 しかし残念なことに、細川らが特許出願をするときに、平行平板型プラズマCVD装置が公知だったため、装置では特許を取得できず、権利化できるものはガスしかなかった。しかも、そのガスをフッ化ハロゲン化炭化水素に限定してしまった。その後、これは、ドライエッチングに標準的に使われるガスにはならなかった。したがって、細川らは、ドライエッチング技術史上、極めて重要な発明を行ったが、その特許はあまりにも“弱かった”と言わざるを得ない。

 日電バリアンのRISの発明から1年半以上たった1975年に、IBMのJoseph M. Harvichuckらが、CCl4(四塩化炭素)やHBr(臭化水素)などのプラズマで、Al(アルミニウム)を高速にエッチングできる反応性イオンエッチングを発明し、これをRIEと呼んだ。これらのガスは、Alのエッチングに標準的に使われるようになったため、その特許は“強かった”。

 また、1976年に、カナダNorthern TelecomのSidney Ivor Joseph Ingreyらは、BCl3(三塩化ホウ素)を用いたAlの反応性イオンエッチングを発明した。IBMが特許出願したCCl4は、発がん性があることが判明したため、BCl3がAlエッチング用の標準ガスになった。つまり、Ingreyらの発明は、極めて“強い”。

1977年にIBMのJames Allan Bondurらは、Ar(アルゴン)と塩素などの混合プラズマによるSiのRIEを発明し、これがSiエッチングの“強い”基本特許となった。

 同年10月には、G.C. Schwartzらが、CF4を用いたSiとSiO2のRIEを、Electrochemical Societyにて発表し、論文投稿した。この発表でSchwartzらは、RIEの原理を説明している。この発表の内容は、非常に“強い”と言える。

 そして最後のとどめが、IBMのJ. W. CoburnとH.F. Wintersが発表した1979年の2本の論文である。彼らはRIEのメカニズムを極めて明快に解明し、一躍、ドライエッチング業界にその名がとどろくことになった。その“強さ”は、改めて言うまでもないだろう。

 こうして平行平板型プラズマ装置を使った反応性イオンエッチングの歴史を振り返ると、“強い”発明や発表を行ったのは、半導体メーカーのIBMとNorthern Telecomである。一方、装置メーカーである日電バリアンは、世界で初めて反応性イオンエッチングを発明したにも関わらず、“弱い”発明しかできなかった。

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