バレル型装置においても、平行平板型装置においても、“強い”特許を出願し、“強い”論文発表を行ったのは、いずれも、半導体メーカーである。一方、装置メーカーは、いずれのケースにおいても“弱い”特許しか出願できていない。この差は一体、どこから生じるのであろう?
筆者らは、半導体製造プロセスが非常に複雑であるため、半導体メーカーと装置メーカーの間には情報の格差が生じ、それが特許において“強いか弱いか”の違いを生み出す要因となっていると考える。このことを、半導体製造プロセスの全体像から説明しよう(図2)
半導体製造プロセスには、最小基本単位の要素技術がある。例えば、CVDやスパッタなどの成膜技術、レジストパターンを形成するリソグラフィ技術、そのパターンに従って加工するエッチング技術などである。その他にも、イオン注入技術、熱処理技術、CMP技術、洗浄技術、検査技術などがある。
半導体メーカーの開発センターでは、これら10種類ほどの要素技術を組み合わせて、所望の動作や品質を実現する半導体デバイスを作るための工程フローを構築する。これをインテグレーション技術と呼び、その工程数は500〜1000ステップにも及ぶ。開発センターで構築された工程フローは量産工場に移管され、今度は歩留りの向上と品質の確保などが課題となる。
このような膨大な半導体製造プロセスの一つとして、ドライエッチング技術が存在する。それは極めて重要な技術であるが、数で言えば500〜1000工程中、高々20〜30ステップに過ぎない。
しかも、一つのエッチング工程は、それ単独で存在するのではなく、エッチング前には成膜やリソグラフィがあるし、エッチング後にはアッシングや洗浄や検査があり、全てが関連性を持っている。
その上、相当かけ離れている工程間が相互作用を及ぼし、半導体デバイスの動作に問題を起こすこともまれではない。その代表例が、チャージングダメージである。その詳細は次回に紹介するが、トランジスタを形成した後に、メタル配線のドライエッチングを行うと、トランジスタが動作するしきい値電圧が変化したり、最悪の場合はゲート絶縁膜が破壊されたりする。
このように、半導体メーカーでは、500〜1000工程ものステップを高度にすり合わせることにより、半導体デバイスをきちんと動作させ、品質を保証し、歩留りを向上させ、コストも下げなくてはならない。この複雑な半導体製造プロセスの全てを、装置メーカーが知ることは不可能である。
そのため、半導体メーカーが本当はどのような技術を必要としているのか、その技術は半導体製造プロセス全体の中でどのような意味を持つのか、ということが装置メーカーには理解し難い状態になっている。このような事情が、装置メーカーの発明が的を外し、“弱い”特許しか出願できない原因になっていると推察した。
では、上記のような立場にある装置メーカーが“強い”特許を発明するにはどうしたらよいだろうか? もっとも簡単な回答は、半導体メーカーのインテグレーション技術者を雇うことである。実際、ドライエッチング装置の売上高シェアで1〜3位のLam Research、東京エレクトロン、Applied Materialsは、半導体メーカーの技術者を大量に雇用している。
IBMは、1970年代後半に怒涛の勢いで、RIEの特許を出願し、論文発表を行った。もしかしたら、その特許を装置メーカーにライセンスして、幾ばくかのロイヤルティ収入を得ていたのかもしれない。そうだとしても、2017年に107億米ドル超の巨大産業に成長したドライエッチング装置市場においては、IBMの特許は期限切れにより、ロイヤルティ収入はほとんどないだろう。
IBMがRIEで利益を享受できなかったのは、そもそも、装置ビジネスをやる気がなかったからであろう。IBMの目的は、1970〜1990年ごろは高性能メインフレームの開発であり、現在は世界最高性能のスーパーコンピュータの開発にある。その目的のために、高速で高性能な半導体デバイスが必要不可欠であったことから、RIEをはじめとする数々の新技術を生み出してきたと思われる。
別の視点としては、IBMをもってしても、ドライエッチング装置産業がこれほど巨大になるとは予想できなかったという見方もできるだろう。
異方性加工の基本となる反応性イオンエッチングを世界で初めて発明した装置メーカーの日電バリアンは、半導体製造プロセスの複雑性の故、“弱い”特許しか出願できなかった。
一方、日電バリアンの発明から1年半後に、半導体メーカーのIBMが怒涛の勢いでRIEの“強い”発明や発表を行った。その結果、日電バリアンの業績は忘れ去られ、半導体業界にはRIEが普及して行った。
RIEのイノベーターとなったIBMではあるが、装置ビジネスには参入しなかったため、空前の売上高を記録しているドライエッチング装置市場からの利益の恩恵はないと思われる。その利益を享受しているのは、半導体メーカーから大量に技術者を雇用しているLam Research、東京エレクトロン、Applied Materialsなどの装置メーカーである。
しかし、これほどRIEが普及するにあたっては、越えなくてはならない大きな壁があった。それが、前述したチャージングダメージである。次回は、どこの国の誰がチャージングダメージの解決に貢献したかを詳述する。少し予告しておくと、大活躍したのは、またしても日本の半導体メーカーの技術者たちだった。
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。
1951年生まれ。福岡県出身。大阪大学大学院博士課程(応用化学専攻)を修了後、東芝入社。2001年、半導体先端テクノロジーズ出向を経て、2004年、東京エレクトロン入社。技術マーケテイングと開発企画を担当。現在、Tech Trend Analysisの代表として産業や技術動向の分析を行っている。
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