産業技術総合研究所(産総研)らの研究グループは、スピントルク発振素子を用いた「物理リザバー計算」において、短時間記憶容量を向上させることに成功した。IoT端末やロボット向け小型AIハードウェアの開発に弾みをつける。
産業技術総合研究所(産総研)らの研究グループは2019年4月、スピントルク発振素子を用いた「物理リザバー計算」において、計算性能の指標となる短時間記憶容量を向上させることに成功したと発表した。IoT(モノのインターネット)端末やロボット向け小型AI(人工知能)ハードウェアの開発に弾みをつける。
今回の成果は、産総研スピントロニクス研究センター金属スピントロニクスチームの常木澄人研究員や谷口知大主任研究員、薬師寺啓研究チーム長、同研究センターの久保田均総括研究主幹および、東京大学大学院情報理工学系研究科の中嶋浩平特任准教授、物性研究所の三輪真嗣准教授らの共同研究によるものである。
リザバー計算は、運動や音声、動画など時系列データの処理を得意とするリカレントニューラルネットワークの1つである。特に、ネットワーク内部のデバイスが有する固有の物理特性を活用して計算を行う「物理リザバー計算」が注目を集めている。ところが、従来方式だと動作原理や動作温度の点でハードウェアの小型化が難しいという。
これに対し産総研は、常温で動作し集積可能なナノメートルレベルのスピントルク発振素子を用いた、AIハードウェアによる物理リザバー計算を提案してきた。素子サイズが小さく省電力で高集積化も容易である。一方で熱雑音の影響により出力が乱れやすく、計算の信頼性が低いという課題もあった。
そこで今回、スピントルク発振素子に高周波磁界をかけて、スピンの回転運動を磁界の振動にそろえる「強制同期」技術を用いることにした。この技術により、熱雑音によるスピンの回転運動の乱れを抑えることに成功した。
開発した技術の効果を検証するため、リザバー計算で処理できるデータ数を示す短時間記憶容量を評価した。この数値が大きいほど計算性能が高くなる。実験では、高周波磁界の位相をパルスのように、急峻(きゅうしゅん)に変化させる入力を繰り返し行い、スピントルク発振素子の出力(位相)変化を測定した。
この結果、高周波磁界が強いほど、発振素子の出力は入力の変化に対して大きく応答することが分かった。この出力が持つ記憶から再現できる入力パルスの個数が、短時間記憶容量である。磁界強度が強いほど熱雑音を抑制できるため、短時間記憶容量は大きくなり、最大で3.6となった。この値は強制同期現象を用いないときに比べて約2倍である。正答率は99%以上で、強制同期現象を用いないときの82%に比べて大幅に向上した。これらのデータから、熱雑音の影響を低減する今回の技術が、計算の信頼性向上に極めて有用な手段であることを示した。
研究グループは今後、強制同期現象を応用したスピントルク発振素子を集積化して、物理リザバー計算向けのAIハードウェアを開発、IoT端末やロボットなどへの応用展開を目指す考えである。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.