高エネルギー加速器研究機構(KEK)と東京工業大学らの研究グループは、あたかも水素のように振る舞う素粒子「ミュオン」を用い、微量の不純物水素が酸化物半導体「IGZO」の導電性に影響を与えるメカニズムの一端を解明した。
高エネルギー加速器研究機構(KEK)と東京工業大学らの研究グループは2019年9月、あたかも水素のように振る舞う素粒子「ミュオン」を用い、微量の不純物水素が酸化物半導体「IGZO」の導電性に影響を与えるメカニズムの一端を解明したと発表した。
今回の研究は、KEK物質構造科学研究所の小嶋健児准教授(当時)、平石雅俊研究員、門野良典教授らと、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の井手啓介助教、神谷利夫教授、同大学元素戦略研究センターの松石聡准教授、細野秀雄栄誉教授らが共同で行った成果である。
IGZO(InGaZnO4)は、大葉や液晶TVやモニター、スマートフォンに用いられるディスプレイパネル用の薄膜トランジスタ材料として期待されている。一方、バックライトなどで長時間照射されると、トランジスタのしきい値電圧がシフトして不安定になるなど、特性上の課題もあった。こうした原因は、物質材料に不純物として含まれる微量の水素が関与していることは分かっていたが、それを具体的に調べる方法がこれまで限られていたという。
そこで研究グループは、物質中であたかも水素のように振る舞う(擬水素)ことが予想されている正ミュオン(μ+)を、IGZOに注入した。物質中におけるミュオンの局所状態をμSR(ミュオンスピン回転法)により詳しく測定し、対応する水素の情報を得ることにした。
具体的には、μSR測定で得られるミュオン位置での内部磁場分布より、ミュオンに最も近いIn(インジウム)、Ga(ガリウム)、Zn(亜鉛)および、O(酸素)という4種類の原子について、その分布情報を取得。第一原理計算によって結晶IGZO中の水素について予想される候補位置での分布や形成エネルギーを、取得した情報と比較し、ミュオンの局所状態を推定した。
実験では、3種類のIGZOを用意した。「水素濃度が低い結晶IGZO」と「アモルファスIGZO薄膜」「意図的に水素処理をしたアモルファスIGZO薄膜」である。μSR測定は、結晶IGZOを大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)内のミュオンS1-ARTEMIS実験装置で、2種類のアモルファスIGZOは、スイスのポール・シェラー研究所にある低エネルギーミュオン(LEM)実験装置で、それぞれ行った。
実験と解析の結果、結晶IGZOとアモルファスIGZO薄膜は、ミュオンがZn-Oの結合中心付近にあって「μ+」の状態を取ることが分かった。つまり、不純物として水素が侵入しても、その濃度が希薄であればZn-Oの結合中心近くに存在する。また、水素はそこでイオン化して電子を供給することになり、これが意図しないn型伝導を引き起こす原因になるという。
一方、水素濃度が高いアモルファスIGZO薄膜に注入されたミュオンは、未処理のIGZOに比べ、観測される内部磁場の分布がローレンツ分布型となって大きく乱れた。周囲の原子分布も0.5nm以下で乱れ、内部磁場の大きさなどから、水素処理によって注入された水素の近くに、ミュオンが存在している可能性が高いという。
こうした状況は、酸素空孔中に2つの水素が捕獲されて2H-という水素の負イオン(ヒドリド)状態を作るという、理論的な予想とも合致。水素が1個だけ存在する酸素空孔に、後からきたミュオンが捕獲される傾向を示すものだという。この場合は、O2-イオンが抜けた後を2H-が占めるため、電子の供給は生じない。
研究グループは、アモルファスIGZO薄膜中にも同様に、水素負イオン状態(酸素空孔中の2H-)があるとみている。
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