半導体製造に必要不可欠な要素として、中国に“あるもの”と“足りないもの”ははっきりしている。
まず、中国に“あるもの”は、カネである。前述した「国家IC産業投資基金」は、フェーズIIに移行しており、その投資額はフェーズIの約2倍の2041億5000万元(289億米ドル)規模になるという(関連記事:「中国、289億米ドル規模新ファンドで半導体の自給自足へ」)。
一方、中国に“足りないもの”は、優秀な技術者と最先端の製造装置である。「豊富な資金さえあれば、優秀な技術者を高額年俸で集めることができるし、最先端装置を購入することもできる」という見方もあるだろう。筆者もある時期まではそう思っていた。
しかし、カネがあってもどうにもならないことが、“JHICC-UMC事件”で実証されてしまった。
JHICCは、台湾のUMCの技術協力により、DRAMの開発と製造を推進していた。ところが、JHICCやUMCは、Micron Technology(以下、Micron)傘下の台湾Inotera Memories(だけでなく旧エルピーダの社員もいた模様)から経営者や技術者をごっそり引き抜いたため、JHICC、UMC、さらにこの2社に転職した社員らを、米司法省が産業スパイの罪に問うて起訴した。その上、米司法省がJHICCをエンティティーリスト(EL)に追加したため、米国製の装置の輸出が禁止された。以上の結果、第1期工事だけで約6000億円が投じられたDRAM事業は完全に頓挫してしまった。
中国は、製造装置の国産化にも注力している。もしかしたら、5年後には、最先端装置が開発されている分野もあるかもしれない(関連記事:「日韓経済戦争の泥沼化、短期間でフッ化水素は代替できない」)。しかし現状は、日米欧の装置に依存せざるを得ない。それ故、中国と激しいハイテク戦争を行っている米国は、“JHICC-UMC事件”の結果から、いつでも中国半導体産業の息の根を止めることができる自信を得たに違いない。
また、JHICCやUMCに転じた日米韓台のDRAM技術者たちは、中国に協力すると、どのようなひどい目に遭うかを、身をもって体験してしまった。それを横目で見ていた日米韓台の技術者たちも、下手に中国にかかわると、どのようなリスクがあるかが良く分かったことだろう。
2019年7月、紫光集団が新しいDRAM会社を設立したことが報じられた(関連記事:「中国 紫光集団がDRAM事業設立へ」)。そして、冒頭で述べたように、その高級副総裁に元エルピーダCEOの坂本氏が就任することになったわけだ。
紫光集団が坂本氏に期待しているのは、その人脈を通じて、Micronなどから優秀なDRAM技術者を集めてくることだろう。しかし、それは相当困難だと思われる。
第一に、“JHICC-UMC事件”の後では、DRAM技術者は、いくら高額の報酬を提示されようとも、中国企業に転じるリスクが極めて大きいことが分かってしまったからだ。
第二に、旧エルピーダで現在マイクロン・ジャパンに在籍している複数の知人から、「Micronに買収されて本当に良かった」という話を聞いたからである。EE Times Japanでも、『「Micronになってよかった」という言葉の重さ』(2019年7月8日)という記事が掲載されたが、図らずもまったく同じ話を現役社員たちから聞いたのである。
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