東京大学物性研究所らの研究グループは、反強磁性体中でワイル粒子を電気的に制御する手法を開発した。ワイル粒子が作りだす巨大な電圧信号を用いた不揮発性メモリの動作原理についても実証した。
東京大学物性研究所らの研究グループは2020年4月、反強磁性体中でワイル粒子を電気的に制御する手法を開発したと発表。ワイル粒子が作りだす巨大な電圧信号を用いた不揮発性メモリの動作原理についても実証した。
今回の研究は、東京大学物性研究所の肥後友也特任助教、Tsai Hanshen特任研究員、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻・物性研究所および、トランススケール量子科学国際連携研究機構の中辻知教授らによる研究グループと、同研究所・同機構の三輪真嗣准教授、大谷義近教授、理化学研究所の近藤浩太上級研究員、東京大学大学院工学系研究科の野本拓也助教、有田亮太郎教授らが共同で行った。
将来のコンピュータやスマートフォンでは、内蔵するメモリとして情報の保持に電力を必要としない不揮発性メモリが注目されている。その1つが強磁性体を用いた磁気メモリである。最近は、スピンの応答速度がピコ秒単位と、強磁性体に比べ2〜3桁も速く、漏れ磁場の影響もない反強磁性体が注目されているという。ただ、反強磁性体は、隣接する原子のスピンが互いに打ち消しあう反強磁性秩序を形成するため、磁化がほとんどなく情報の書き込みや読み出しが難しいといわれてきた。
研究グループはこれまでに、マンガン(Mn)とスズ(Sn)からなる反強磁性体「Mn3Sn」が、大きな異常ホール効果や異常ネルンスト効果を室温で自発的に示すことを発見。その効果は強磁性体に匹敵するという。また、Mn3Snはワイル粒子を有する反強磁性体で、運動量空間においてワイル粒子が作りだす仮想磁場は、実空間換算で100〜1000テスラに相当することも報告してきた。
つまり、ワイル反強磁性体を用いると、仮想磁場の向きによって、情報を記憶することが可能となる。ただ、ワイル粒子を磁場で制御する手法は知られていたが、電流で制御する手法はこれまで見いだされておらず、磁気メモリを実現するための大きな課題になっていたという。
研究グループは今回、Mn3Snと非磁性金属である白金(Pt)やタングステン(W)、銅(Cu)との多層膜で構成されるホール抵抗測定用素子をシリコン基板上に作製し、外部から電流を印加した時のホール電圧を室温で測定した。
実験に用いたMn3Snは、カゴメ格子と呼ばれる結晶構造で、Mnの持つスピンが逆120度構造という反強磁性秩序を室温で示す。この反強磁性秩序を操作することで、ワイル点と仮想磁場に由来する応答を制御できることはこれまでの研究などから分かっていた。
今回の実験により、「Mn3SnとPtもしくはWを積層した素子に外部電流を加えるとホール電圧が反転する」「Mn3SnとPtもしくはWを積層した素子では電圧の反転が逆符号となる」「Cuを用いた素子では反転が起きない」ことを確認した。
重金属であるPtやWでは、電流が流れるとスピン流を生じるが、Cuはスピン流がほとんど生まれないという。これらのことから、強磁性体を用いた磁気メモリ素子に用いられているスピン軌道トルク磁化反転と同様の手法で、ワイル反強磁性体への情報書き込みが可能だという。
研究グループは、書き込み電流の大きさを変えることで、反転するホール電圧の大きさをアナログ的に制御できることも確認した。これによって、1つの素子に多値情報を記憶させることが可能になるという。
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